続・落語の皿屋敷

昨日の日記に『皿屋敷―幽霊お菊と皿と井戸(江戸怪談を読む)』の没原稿を掲載した。↓
http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20150708/1436327651
今日のもその続き、つまり没原稿である。

加藤左馬介嘉明の逸話

 ところで、秘蔵の皿十枚のうち一枚を割ってしまうところまでは同じでも、その後の結末が違う話もあります。『明良洪範』巻之十一と『日本随筆大成別巻 嬉遊笑覧3』(吉川弘文館)を参照してご紹介します。
 加藤左馬介嘉明(かとうさまのすけよしあき)(一五六三〜一六三一)は、初めは軽輩だったが後に会津藩主となり、智勇仁徳を備えた領主として領民に慕われていた。嘉明は、慶長のころに南京より渡来した成化年製の陶磁器を多く買い付けており、そのなかに十枚一組の小皿があった。これは虫喰南京と呼ばれる名品で、藍色の絵付けといい質感といい、何とも言えない素晴らしい出来栄えだと特に秘蔵していた。
 ところがある時、来客を接待していた折、近習の家来がその小皿を一つ取り落として割ってしまった。嘉明は、殿様秘蔵の皿を割った大失態にふるえあがり謹慎していたその家来を呼び出した。
「あやまちは誰にもあるものだ。苦しゅうない、誰か残りの皿九枚を持って来い」
嘉明は皿が運ばれてくるや、自らの手で九枚の皿をことごとく打ち砕いてから言い聞かせた。
「怒って皿を割ったのではないぞ。この皿が九枚残っているうちは、うち一枚を何某がうっかりして割ったのだと、いつまでもお前の名前がそこつ者として語られることだろう。それでは面白くない。どんなに高価な器といえども、人間には替えがたい。器や道具を愛しすぎて人間を大事にしないのは本末転倒である。珍奇な器物がなくても日々の暮しにはこと欠かないが、手足と頼むお前たち家臣がいなくては領地を治めることもできない。これが上に立つものの心得だというものだ」
 さすが名君よというお話ですが、史実かどうか、「主たる者の心得」を説くためのエピソードとして広く知られたお話だったのでしょう。
 この話のように、ものわかりよい上司ばかりならよいのですが、世の中そうはなっていないから皿屋敷のような話ができるわけです。

枝雀の皿屋敷

 さて、『播州皿屋敷』の悪役・青山鉄山がお菊に預けた皿の数をあらためさせる場面です。

 これね、一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚いうて数えて十枚あったらおもしろいでしょうね。「十枚、どうぞ」「ええーっ!」。ねえ。しかしこれ、あの苦しめてやろうちゅうので預けてあるわけやからね。十枚あって、「あっ、そうですか。どうもご苦労さんでした」言うわけにいかんでしょう。困りますわな。「うーん、そうか」ちゃなもんで、まあごまかさなしゃあないですわな。「それはよいとして、いま一度預けよう」ちゅうなこと言うて、もう一ぺん預けてですね、またおらん隙狙うて、ソーッと一枚抜いて、「持ってこい」「かしこまりました。一枚、二枚、三枚……十枚どうぞ」「うわぁ…ありゃあ。ほんなまた」いうて、これ十ぺんやってごらんなさい。……宝物が二組できますよ。(『上方落語 桂枝雀爆笑コレクション〈2〉ふしぎななあ (ちくま文庫)』より)

 これは桂枝雀による落語「皿屋敷」の、前半に挿入された脱線で、もちろんこのあとで「んなばかなことはない。何度数えても一枚足らん」と本筋に戻るわけですが、十枚あったら面白かろうというのは、さすが枝雀ならではの演出です。

落語「皿屋敷」のオチ

 この落語「皿屋敷」は江戸時代からあった古い演目で、枝雀の師匠、桂米朝によれば「もとはほんの小咄」であったそうです。噺家のみなさんがそれぞれに工夫されたマクラやエピソードは寄席で楽しんでいただくことにして、落語「皿屋敷」の後半を『古典落語大系 第八巻』(三一書房、一九六九)の編者・三田純一氏の書き起こしと注を参照して、簡単にご紹介します。
以下、落語のオチを読まされるのが嫌いな人はお読みにならないでください。
 旅先で地元の皿屋敷を知らないばかりに恥をかいて帰ってきた若者たち。町内のご隠居から、皿屋敷では夜更けになると今でも井戸からお菊の幽霊が出て皿を数えている、と聞かされた若者たちは、怖いもの見たさで幽霊見物に出かけます。
 深夜、皿屋敷跡とされる空き地に着くと、なるほど敷地の隅に古ぼけた枯れ井戸があります。若者たちが物陰に隠れ、おそるおそる井戸の方をながめていると、井戸の底から青白い陰火が立ちのぼり、美しい娘の幽霊が姿を現しました。
 あれがお菊かと息を殺して見つめていると、悲しげな声で皿を数えはじめます。
「一まーい、二まーい、三まーい、四まーい…」
 若者たちは、お菊の皿を数える声を九枚目まで聞くと祟られて死んでしまうとご隠居から聞かされていましたので、七枚目まで聞いたら逃げ出そうと相談を決めていました。
「五まーい、六まーい、七まーい…」
 今だ、逃げろ!と皿屋敷から逃げ出した若者たちは、生まれて初めて幽霊というものを見た、それにしてもお菊ちゃんは可愛かった、あんな美人の幽霊ならまた会いたい、などと語りあって、明日の晩も行ってみようということになりました。
 この話はたちまち町内の若者たちに広まって、連日連夜のように皿屋敷見物に出かけます。噂が広まるのは早いもので、やがて、本物の幽霊に会える、しかも美人ということで、会いに行ける幽霊お菊の評判は日に日に高まり、遠方からも大勢の見物人が皿屋敷を訪れるようになりました。
 こうなると、世間も放っておきません。今でいう芸能プロダクションみたいな人たちが仕切るようになって、荒れはてていた皿屋敷跡に客席が設けられ、受付ができて席料をとる。見物客目当てに酒や弁当を売る店が出る。たいへんな賑わいとなり、見物人は宵の口から集まって、お菊の登場を今か今かと待っている。
 いよいよお菊が現れると、場内は割れるような大歓声。お菊もすっかりアイドル気取りで、「今夜もようこそ」と客席に愛想をふりまく。いよいよ、お菊が皿を数えはじめると、客席から「待ってました!」「おきくちゃーん」なんて、声援が飛ぶ。
 こんな調子で毎晩大賑わいの皿屋敷劇場でしたが、ある晩、いつもの時刻になってもお菊が出てこない。井戸をのぞきこんで、「お菊ちゃん、どうしたの? お客さんが待ってるよ」と声をかけると、「ちょっと風邪気味で。でも大丈夫、ちゃんとやります」と答えて井戸から姿をあらわしたものの、顔色は青ざめてまるで幽霊のよう。
「みんな、遅くなってごめんなさい。では、数えまーす。一まーい、二まーい…」
「お菊ちゃーん、顔色悪いけど、どうしたの?」
「ちょっと、風邪気味で。三まーい、四まーい、ゴホゴホ」
「無理しなくていいよー」
「心配かけてごめん、でも、お菊、精いっぱい数えさせもらいます。五まーい…」
「お菊ちゃん、がんばれー!」「そろそろ、七枚目だな、帰り支度をしよう」
「六まーい、七枚、八枚…」
「うわっ! いつもより早い、間に合わない!」
「…九枚、十枚、(早口で)十一枚十二枚十三枚十四枚十五枚十六枚十七枚十八枚」
 何と、お菊はこの夜に限って十八枚まで皿を数えてしまいました。九枚という声を聞いたら死ぬとおどかされていた観客たちは大混乱。
「おいこら、お菊っ、なんなんだよ。皿は九枚しかないんじゃなかったのかよ」
「今晩、十八枚まで数えたので、明日はお休みをいただきます」(終わり)