村上春樹『東京奇譚集』

本書には5編の短編小説が収められている。偶然の一致、幽霊、神隠し、動く石、妖怪、とフォークロアによく見られる題材を都会的な背景に流し込んで洒落た、そして謎めいた小品に仕立て上げている。さすがにどれも上出来で、長編に時折見られる冗長さがなく、この作家の資質が短編によく発揮されることをあらためて示している。
どうしてこの作家の作品は次から次へとベストセラーになるのか、それがわかるくらいなら小説家たちも苦労はないだろう。しかし、これからも読まれるだろうか、と考えるならば手がかりはある。
村上の小説で貧困にあえいでいるような人が物語のなかで大きな役回りを演じることはまれである。たいていの登場人物はさほど裕福ではなくても生活の心配をしなくてもすむ人がほとんどだ。こうした村上の作品に共感する読者は一億層中流といわれた世相によって生み出されてきた。
しかし三浦展下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)』によれば、これからの日本社会は経済格差が広がり、上流階層とは趣味嗜好など生活スタイルの異なる下層階級が生まれるという。そうなったときに村上の読者は、村上の作品はどう変わるのだろうか。

東京奇譚集

東京奇譚集