経団連の教育観

id:kyoshidaさん、以下は経団連が2005年1月18日に発表した「わが国の基本問題を考える〜 これからの日本を展望して 〜」という文書の教育に関する部分です。
どこかで公開されているはずですが、忘れちゃって、それから、今日は忙しくて調べることもできません。すいません。

1.教育問題
(1) 現行の教育の問題点
わが国の戦後の教育は、国民に平等な機会を提供し、全国共通の内容を教えることで、基礎的な学力水準の高い国民を産み出し、わが国の成長を支え続けてきた。しかし、21世紀は、異なる価値観や文化、伝統などを有するさまざまな国や人々との間で、国際的な競争を展開する時代であり、多様な価値を創造する力が求められる。こうした時代の変化に的確に応え、均質な人材の育成を目標とする教育から脱却し、学力面では世界のトップクラスを目指すとともに、個人の個性や能力を伸ばす教育へ、「多様性」「競争」「評価」を基本とした大胆な改革を行う必要がある。
戦後の教育の成功体験に安住した結果、国は、時代の変化に対応した大胆な改革に踏み出していない。公教育は公立学校が担うという考え方のもと、私立学校は補完的存在とされ、学校経営や教育ノウハウのある者の参入を拒んでいる。また、教育の質にかかわらず教育予算が配分されるため、社会のニーズに対応しないまま学校が存続している。OECDの学習到達度調査結果などから明らかなように、わが国の子どもたちの学力は低下傾向にあり、教える力(教育力)の低下も顕著である。子どもたちの塾通いも常態化しており、塾や予備校の存在なしには、学校の授業が成立しないような状況に立ち至っている。
また、日本人として備えておくべき基本的な教養に関する教育も不十分である。グローバル化の進展により、諸外国の人々と交流する機会が増える中、自国の伝統・文化・歴史を学ぶことを通じて国を愛しむ心を持つことは、国際人として不可欠の要件であるが、戦後、これらの教育は遠ざけられてきた。
さらに、いじめや学級崩壊、青少年の生活態度の乱れなどに見られる通り、人間としての基本的な倫理観や道徳観が低下している。学校教育以前の問題として、基本的なしつけや生活習慣、倫理観を身につけることが必要であるが、家庭や地域社会がこれらを学校任せにしてきた点も大きな問題である。

(2) 教育改革の方向性
次世代の国づくりを確実なものとするには、わが国全体の教育力を向上させていく必要があり、以下の点について大胆でスピード感のある教育改革を断行しなければならない。

1. 多様な主体による教育への参入
現在、小中学校の在学者の9割以上が公立学校に在籍している。公立学校では、ほぼ同一の方法で標準的な内容を教えることが期待されているため、独自色の強い教育を実践することは難しい。多様な教育を実施するためには、私立学校の比率を高めるほか、公設民営型学校の促進や株式会社立学校、NPO立学校などによる学校の設置・運営を促進し、教育の質の向上に向けて相互に競争、切磋琢磨する必要がある。
そのためには、学校の設置者を国と地方公共団体、学校法人に限定した教育基本法第6条、学校教育法第2条を改正すべきである。

2. 生徒の選択結果を反映する補助
社会のニーズに応えた質の高い教育を行っている学校に、予算を重点的に配分しなければならない。そのためには、生徒の選択結果を反映して学校への補助金を交付するバウチャー制度が有効と思われる。
例えば、初等中等教育では、児童・生徒や保護者に教育バウチャーを渡し、通学する学校を選ぶ権利を与えるようにすれば、多数から支持された学校に多くの補助金が配分され、社会や教育の受け手のニーズに合致しない学校は、自然淘汰されることとなる。
併せて、これからの教育予算のあり方を検討する上で、私学への助成根拠を明確にする観点から、法的な見直しを行うべきである。

3. 時代の変化に適合した教育内容
優れた人材の育成には学校の教育力の向上が不可欠であるが、何を子どもたちに教えるかという問題も極めて重要である。21世紀のグローバル社会において、日本人はこれまで以上に国際社会において積極的に役割を担っていくことが求められる。国際社会で活躍するためには、国際人である前に日本人としての素養をしっかりと身につけていることが必要である。こうした観点から教育内容を見直す上で、教育基本法の見直しが求められる。
第一に、戦後の教育で不十分であった日本の伝統・文化・歴史に係わる教育を充実させることである。郷土や国を誇り、他国の人にも魅力ある国にしようという気持ちを育むための教育である。また、戦後の教育では個人の権利の尊重に重きが置かれてきたが、その結果、権利のみを主張する無責任な利己主義の弊害も見られることから、権利と義務は表裏一体であることを教育の中でも強調していく必要がある。こうした点を、教育基本法に示された教育理念の中に盛り込むべきである。
第二に、政治に関する教育である。現在の教育では、有権者としての権利を行使することなどの重要性を十分教えていない。従って、教育基本法に、政治に関する教育の重要性を追記すべきである。
第三に、宗教に関する教育である。自然や生命に対する畏敬の念を育むことや、異文化理解の素地となる宗教に関する知見を深めることの必要性が高まっている。しかしながら、公立学校の教育現場では特定の宗教のための教育を行わないとする教育基本法の規定に基づき、宗教に関係するあらゆる行為を排除するという極端な運用がなされるケースがある。従って、教育基本法の中で、社会生活における宗教の持つ意味を理解することの重要性をより明確に示すべきである。
このほか、国が、教育内容の方向を示すことについての正当性を明らかにすることが必要であり、条文解釈をめぐる教育現場での混乱を解消することが望まれる。

4. 組織的な学校管理・運営と評価
教育主体の多様化、教育予算や教育内容面での改革が、教員や学校の教育力向上に結びつくためには、教員や学校の取り組みに対する評価を徹底することが不可欠である。特に、高等教育機関においては、研究のみならず教育にも注力することが求められ、教育への取り組み実績についても評価する必要がある。こうした観点から、教育基本法に、高等教育機関における教育機能の重要性について新たに規定を設けるべきである。
また、学校運営にあたっては、外部ノウハウ・人材を積極的に活用することが求められる。このほか、教員に関する問題として、教育基本法に教員の自己研鑽努力義務を規定するとともに、教職員組合が職場環境、待遇の改善などの活動に徹することを期待する。

5. 家庭や地域の役割
教育の基本は家庭であり、基本的な生活習慣、基本的倫理観などを身につけさせるのは保護者の義務である。また、児童、生徒、学生や保護者など教育サービスを受ける側が、学校と協力して教育を良くしていこうという姿勢も必要である。さらに、家庭でのしつけを補う上でも地域社会の果たす役割は大きいこと、産業界が学校と交流・連携することを通じて教育の質を高めることも求められることから、教育基本法に、家庭教育の重要性や学校、家庭、社会の交流・連携の重要性、教育を受ける側の責務を規定することが望まれる。

追記

ついでなので、上記文書を掲示した意図について一言。
上掲の経団連の提言と、コメント欄でid:sava95さんが教えてくださった規制改革・民間開放推進会議の文書、
http://www.kisei-kaikaku.go.jp/minutes/meeting/2004/08/meeting04_08_01.pdf、それに教育基本法改正を提唱した中教審答申、それらがこのたび教育再生会議が示した指針http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061114-00000000-san-polと同傾向のものであることは、一目瞭然かと思います。これは、公教育に社員教育の下請けをさせるために(これまでもそうだったのですが企業の要求が変わったため)、早い時期からライフコースの振り分けをしておこうということです。
こうした問題点については、熊沢誠佐藤俊樹藤田英典苅谷剛彦、大内裕和、広田照幸といった専門家達がかねてより指摘してきた事柄であり(ひと頃流行った「下流社会」「希望格差」はそれらのパクリ)、本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』でも取り上げられています。
アベ総理は「公教育を改正しなければ(経済的な)格差が拡大する恐れもある」と言ったとか(http://d.hatena.ne.jp/holyagammon/20061113/1163395517)。
自分の進めようとしている政策について理解していないのか、事実とは違うことを言う悪癖があるのか、それともその両方なのか、判断に苦しむところであります。
この人にはかつて「少年犯罪が増えたのは教育基本法のせい」、「ホリエモン教育基本法のせい」という趣旨の放言をした実績がありますから、今さら驚くには当たりませんが、こういう人が首相になるのも教育基本法のせいだったらどうしようか、とは全然思いません(戦後教育には教育基本法はほとんど活かされてこなかったから)。
ごめんなさい、ハッキリと「おバカ」というべきでしたね。