植朗子『キャラクターたちの運命論』

面白い本を読んだ。
植朗子『キャラクターたちの運命論 『岸辺露伴は動かない』から『鬼滅の刃』まで』平凡社新書
https://www.heibonsha.co.jp/book/b632160.html マンガのキャラクター、すなわち主人公と準主人公(敵役・ライバルを含む)の「運命」を伝承文学研究の視点から読み解く試みである。著者は『鬼滅夜話』(扶桑社)で知られる伝承文学・比較文化学の研究者。


 本書は6つの章で構成されており、各章で『岸辺露伴は動かない』、『さんかく窓の外側は夜』、『ゴールデンカムイ』、『HUNTER×HUNTER』、『鋼の錬金術師』、『鬼滅の刃』の六作品が取り上げられている。だが、それらのすべてを読んでいないとわからないということはない。

 私自身が通読したことがあるのは『ゴールデンカムイ』と『鬼滅の刃』だけである。『岸辺露伴は動かない』の本編である『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ、『HUNTER×HUNTER』、『鋼の錬金術師』は前半のみしか読んでいなかった。『さんかく窓の外側は夜』にいたっては本書ではじめてそのタイトルを知ったのだが、各章の冒頭に要を得た作品概要があるので、本書を読み進めるうえで困るということはなかった。
 しかも、本書を読んだ私は『さんかく窓の外側は夜』をぜひ読んでみたいという気になった。著者は物語の概要とキャラクターの個性を上手に描き出しながら、未読の読者の「これから読む楽しみ」への配慮も忘れない。間違っても「犯人はコイツだ」や「はい、ココ試験に出まーす」のような無粋なことはしない。物語の核心に迫りながら、なるほど面白そうだなと思わせたところで寸止めする手際は心憎いばかり。

 本書のキーワードはモティーフ分析と運命である。モティーフ分析は著者がマンガを読み解く方法論であり、運命はテーマである。モティーフ分析については本書の序章でわかりやすく説明されているので、まずそれに目を通してから本論を読むと無用の誤解が避けられる。
 マンガならずとも人気のある作品のファンは自分なりの解釈を持っており、そこから、ときに他の解釈に対して否定的な態度をとることがあるが、本書の解釈はモティーフ分析という方法を通して読むとどのような世界が見えてくるのか、という思考実験である。熱心なファンが自説を熱く語るというたぐいのものではない(とはいえ行間から著者の偏愛がちらりと見える箇所もあるがそこはご愛嬌というものだろう)。
 本書のもう一つのキーワード「運命」についても決定論のようにとらえない方がよいように思う。作中人物たちはさまざまな局面で自ら運命を切り開いたり、運命を引き受けたりすることで、キャラクター(物語中の役割を担った者)になっていく。その変化と成長の軌跡を追うのが本書のテーマである。
 もっとも、『ゴールデンカムイ』を取り上げた第3章「「人生」の決断と死人との別離」に顕著だが、成長と言っても一般的なビルドゥングスロマンとは別のものもある。自分の意志ではなく課せられた課題を運命として引き受けることは、本質的に悲劇のテーマだ。偶然に翻弄されるのが喜劇だとしたら、偶然を必然として引き受けるのが悲劇的人物である。

 おそらくは未完結なので取り上げなかったのだろうが、芥見下々『呪術廻戦』もこの手法で論じたらさぞかし面白いものになるのではなかろうか。