獣道

id:annntonioさんの「グチ もしくは、難しい(?)問題」について。
http://d.hatena.ne.jp/annntonio/20051024/1130157688#seemore
熱でボーっとしていますからヘンなところはご勘弁。
annntonioさんの問題提起の前半は次の通り。

1、戦後(教育)史を話すと完全に他人事*1って感じになる学生は、どうしましょう(現在との接点=歴史的現在を考えるためには、冷戦期や逆コースの政策とその当時の教育政策を、授業で取り扱う必要があると私は思うのです)。
 これについて工夫の余地は、如何に。この問題は、おそらく「歴史(社会科学)ってなんのためやるの?」という問題に関わります。(少し飛躍があるかもしれませんが)、分かりやすいということは、内容が薄いということではない。分からないと認識した途端に関わりから撤退する人に、私≒教師はどうふるまえばいいのか?

annntonioさんのようなプロに「どうしましょう」って言われても、私自身は教育者でも研究者でもないので「私≒教師はどうふるまえばいいのか?」はわかりませんねえ。
ただ「分からないと認識した途端に関わりから撤退する人」については思うところがあります。
ブログ上でいろいろ教えてくださるkurahitoさんという方がいまして、この方のカバン語はわかりづらいのですが、この間、面白いことをおっしゃった。「世俗的啓示」というんです。ベンヤミンを読んでいてわかりづらくなると身近な問題に引っ掛けて強引に解釈しようとする私の読み方のことなんですが、そういう世俗的啓示は獣道なんだ、と。お前、ちゃんと勉強しろよ、と言わずに「獣道」と言ってくださるところが有り難いです。獣道でも道は道ですからね。
で、何が言いたいかというと、私のような素人には、この獣道でもないと、学術書には歯が立たない。ずっと手こずっているベンヤミンなんて、本当のことを言えばなにを言っているかわからんわけですよ。同じ文化圏の同時代の文章じゃないんですから。わからないということから出発しなければわからない。
こういうわからないものを本気で読むのなら、翻訳ではなく原書を前にすえて、一字一句意味を確かめながら本文を読み、同時にベンヤミンのほかの著作やベンヤミンが参照したり暗示したりしている学説についても調べなければ読んだうちに入らない、ということはわかっているんです。
けれども、そういう読み方は学生のうちか、よほど余暇と才能に恵まれた人にしかできない。私の場合は自営業ですから、才能はともかく時間的融通はかなりきく方ですが、それでもいまからドイツ語の勉強をするのは御免こうむりたいところです。そこで獣道なんですよ。乏しい知識を総動員してでも、なんとか手がかりをつかみたい。たとえそれが誤解であろうとも、誤解でもあればあとで気づいたときに正せるじゃないですか。誤解すらなければ、誤解を正すこともできない。
さて、世俗的啓示を振りまわせば、「分からないと認識した途端に関わりから撤退する人」は、たいてい自分の持っている知識に無自覚に満足している人たちです。
あるチェーン・ストアに勤めていたときに、部下に、音楽のことなら任せろ、という人がいたんです。話を聞くとなるほど最近のロックやポップスには詳しい。そこでCDの商品陳列を任せたんですが、それでも若い人だから詳しいといってもジャズとクラッシックを間違えるくらいのことはあるかもしれないな、という程度の予想はしていました。
けれどもそれは甘かった。『イエロー・サブマリン』が「アニメ主題歌」に分類されているのを見たときに私は仰天しましたね(ある意味では間違いじゃないんですが)。念のためチェックすると『サージェント・ペパー』がジャズになっている。この人、ビートルズを知らなかった。
それを指摘すると、「このグループは全然知らなかった。有名なんですか?」と問い返されて、困ってしまいました。
個人の趣味・嗜好の範囲であれば、ビートルズなんて知らなくてもかまわないんです。ビートルズを知らないロックファンがいても、その人のロック音楽への愛は否定できない。逆にビートルズしか知らないようでは、ビートルズファンではあってもロックファンとは言えませんものね。
けれども、音楽に詳しいと公言して音楽についての広い知識が求められる仕事をする以上は、ビートルズを知らないではすませられない。
この人は、ふだんの言動からすると頭の回転は速いのに、どうしてこんな知識の偏りを自覚していないのだろう?と思って、雑談気味に少し話を聞いてみると、自分が直接鑑賞したものだけで音楽についての知識を構成していた。しかもそれはものすごい量なんです。仕事しているときと寝ているとき以外はヘッドフォンを片時も離さないというくらい。だから、友だちの中で自分ほど音楽に詳しいものはいないというのも本当でしょう。
そうはいっても一人の人間が聴くことのできる曲数には限りがありますから、どうしたって知らないものがあるはずです。私なんかは、個人の経験の限界を補うものとして、もっぱら書籍による情報に頼りますが、その人にはそういう発想がなかった。音楽雑誌を読んでいて、たまに知らないバンドや曲名が出てくると、つまらんことを言っているなー、と思うだけだったそうです。自分にとって既知の事柄に結びつけられないものは意味のないものと思っている。これは誰でもそうでしょうが、その人の既知の事柄以外のことでも、他人にとっては意味があることをわかってもらわないと商売にならない。
そこで、当時流行っていて、その人もファンであったあるバンドのヒット曲名がビートルズの曲名と同じであることに注意を促すと、今度聴いてみますと言って帰っていきました。それから一週間もしないうちに、ビートルズはおろかストーンズにもはまったようで、世の中って広いですねー、と喜んでいました。
思い出話が長くなりました。私の経験は1対1の、比較的人間関係が良好な場面でのことで、annntonioさんのような一斉授業の場面でそのまま通用することとは思いませんが、なにかのご参考になれば幸いです。
読み返してみると、ちょっと逃げたような感じでいやですね。またいつか書きます。