高橋哲哉著『国家と犠牲』

ベストセラーとなった『靖国問題 (ちくま新書)』の続編という性格(本書の一、二章は前著の発展的要約)もあるが、靖国神社という一宗教法人をめぐる問題に集中して論じた前著から一転して、海外のケースについても触れるなど議論の幅を広げ、さらなる新境地をも打ちだしている点で、内容的には前著を上まわるものだと私は思う。

国家と犠牲 (NHKブックス)

国家と犠牲 (NHKブックス)

とくに注目したいのが、第三章で論じられる広島・長崎の原爆死没者をめぐる問題と、第十一章で取り上げられる韓国で侵略や圧政に抵抗した犠牲者の追悼の問題である。著者の分析に国家や宗教のタブーはない。戦没兵士だけではなく、戦争のまきぞえを食らって死んだ民衆も、侵略に抗して落命した抵抗者も、ことごとく「貴い犠牲」として回収する国家(と共犯する諸宗教)のレトリックが明らかにされる。そして第十二章では、デリダに沿って、ある部分ではデリダを超えて、「あらゆる犠牲の廃棄」という「不可能なものへの欲望」が語られる。
著者については、その政治的スタンスについて好悪がハッキリ分かれるだろうが、その広い目配りと問題についての綿密な分析、自らにごまかしを許さずどこまでも突きつめていく思惟のありようという点では当代一といってもよいのではないか。賛否はさておき、まず、読んでから批判せよ、とはこの人のためにある言葉である。