もう泣いている時間がない

時期遅れの訃報が届いた日から二週間。
連休明けが納期の仕事があるので、もういいかげん泣き暮らすのをやめないと生活が行き詰る。
心から愛した旧友の死に、恥も外聞もなく泣き喚き、感情を垂れ流しにしてきたが、とりあえず、暫定的にではあれ、気持ちを切り替えようと思う。
以下に書きだしたのは、ジャンルとしては私的な愚痴であり、おセンチな文章を通読しても何の益もないだろうから、楽しい休日を過ごされたい方は読まないでほしい。
近親者を亡くされた方からかけていただいた「(私の拙い想像力では及ばないかもしれませんが)お察しします」の一言にハッと目が覚めた。また、このたびの震災で津波の被害を受けた方から「悲しみは一人一人違うものだけれども、泣くだけ泣くことも大切だ」と教わった。
いずれもネットでだけのお付き合いで、お会いしたことのない方々だ。有り難さに頭が下がります。深く御礼申し上げます。
お二方から二つ教えられた。
一つは、悲しみの内実は一人ひとり違うものであり、他人の想像力のおよぱないものだということ。
もう一つは、それにもかかわらず、人は他人に共感できるということ。
この間、彼女の元夫氏とメールで思い出話のやり取りをしていたが、彼女については元夫氏とですら食い違う。これは生活を共にしたものと、一歩距離を置いて交友したものとの違いがどうしてもあって、なんでもかんでも打ち明けていいというものではないことも思い知らされた。彼の悲しみと私の悲しみとの間には越えられない壁がある。二人は同じ人を愛したが、同じ顔を見ていたわけではなかった。
それは、本人にとっても同じことなのだろう。彼女が唯一おおやけの場に書き遺したプロフィールをながめていると、奇妙な感覚に襲われる。書いてあることは彼女の一面に過ぎないとはいえ、すべて日頃の彼女の嗜好や言動に一致している。けれども、問題はそこではない。彼女が死ぬ前に消してしまった有名SNSのプロフィール欄も似たようなものだったということ。つまり、アンケートの設問に、バカ正直にできるだけ詳しく答えようとしていたことだ。できるだけ自分を正確に知らせたいという願いをもっていたように感じられる。それならば彼女は開けっぴろげで、自己顕示欲の強い人だったかというと、そんなことはない。直接会って話したことのある人間なら、あのプロフィールと本人とのあいだに大きなギャップを感じるだろう。「全部その通りだけれど、彼女ってこういう人じゃないよ」と、当惑するのではないかと思う。
毛バリにこだわるのはこのへんにしておこう。ともかく、私は失った人のかけがえのなさを誰かに語ることは難しいと痛感した。語り切ってしまえれば、それである種の喪の作業を成し遂げられるようにも思って何度か試みたのだけれども、どうやらそれはできない相談のようなのだ。おそらく、本人が生きていたとしても無理なのだ。それは、彼女に失恋した若いときに十分に思い知らされていたことでもある。
にもかかわらず、誰もが誰かとかけがえのない関係をもっており、それを失った悲しみは、言葉を連ねなくとも通じることがある。それが他人にはうかがい知れないということも含めて。これは未熟だった若き日の私の気がつかなかったことだ。そのことが身にしみてわかっただけでも、泣きわめいた甲斐があったというものだろう。
ただ、時間がたつとわざわざ書きだすのもおっくうになるだろうから、今のうちに書きとめておきたいことが一つある。彼女はプロフィール欄を読む限り、才気にまかせて遊び狂っている多趣味な元気女、にしか見えないだろうが、現実の彼女は全く違う生活を送っていた。
三十になったばかりの頃、脳梗塞で倒れて半身不随になった父親を介護するために実家に戻り、以後、十五年間、献身的に父親の世話を続け、その甲斐なく父親が亡くなった後、時を置かずして母親が倒れ、一昨年に母親を亡くすまで世話をし続けた。
そして昨夏、かつて私に「自分の人生には目的がない、親の世話は娘としての義務だと思うから、それを果たしたらきれいに死にたい」と言っていた通りに、あたかも自らの仕事は終わったとでも言うようにひっそりと死んでいった。
四十七年の短い生涯に後半生という言葉を使うのもためらわれるが、彼女の後半生は、自らも持病に苦しみながら、ひたすら病人の介護に費やされた毎日だった。
納得ずくの人生だったのだから、それも運命だったのではないかと諦め、自分の役目・義務を果たした立派な孝行娘だった、とほめそやせばいいのだろうか。
私には何とも割り切れぬものが残る。私は彼女の死を、そのままでは決して受け入れない。それは彼女が死に際して望んだことを、別の仕方でかなえることにもなる。
この割り切れなさを、割り切らないままに抱えて、私は自分の仕事に戻ろうと思う。
うっかり彼女の側に行ってしまったら、妻が今の私以上に嘆き、「みやさんに連れて行かれた」と怒るだろう。みやは「あたしゃ呼んだ覚えはないからね」と怒るだろう。二人とも気性の激しさでは甲乙つけがたいので、間にはさまれたら生きた心地がしない。
それならば、生き続ける努力をしよう。貧しい私たちが生き続けるためには、精一杯働かなければならない。連休明けが納期だ。もう泣いている時間はない。

追記

万一誤解があっては嫌だなと思って、ちょっと付け足します。
親孝行はよくないとかいうのじゃないんですよ。
親の死を看取ることだけに自分の人生を限定してしまった、その生き方が痛ましくて、それを嘆いているのです。もっとも、本人は「そんなことはないぞ」というでしょうがね。