市中の虎、再び

某所で、放射能は心配ないかのような話を振りまいていた山下俊一という学者について、師弟関係をさかのぼると、戦時中細菌兵器開発のための生体実験を行なった731部隊の関係者にたどりつくという指摘をしているブログが紹介されていた。そのブログの記事自体もいささか性急なように思ったが、そのあとのやりとりに唖然とした。
まず、当該ブログの紹介者は、ツイッター等での拡散には慎重にならざるを得ない旨ことわって賛否は留保している。こういう見解もありますよ、との意図だろう。
これに対する最初のコメントは、人脈をたどると731部隊に行きつくことを確認したうえで、そのブログの記事を肯定している。
第二のコメントは、山下氏が731部隊で活躍したことは広く知られており、福島での彼の言動も当然という趣旨の書き込みである。
第三のコメントは、731部隊の関係者が東京裁判でも起訴されなかったのは、米国の思惑によるものだという趣旨。
第四のコメントは、なるほど山下氏は731部隊の現役だったのか、噂は聴いていたが驚いたという趣旨。
このやりとりを読んで驚いた。
戦時中に現役で活躍した人物なら、当時若くして抜擢されたとしても現在では九〇歳前後になるはずだろう。批判の対象となっている山下氏は戦後生まれだから戦時中に現役で活躍するはずのないことは明らか。
さすがに第三のコメントを寄せた人物が、第五のコメントとしてそのことを指摘して注意を喚起していた。
まったくありえないことを、広く知られていると言ったり、噂では聞いていたと納得したりするとはどういうことだろう。批判したいという気持ちが先に立って、そのためには何を言ってもよいということになったら、批判と罵倒の区別はなくなる。
私も福島における山下氏の言動は非難に値すると思うし、彼が福島医科大学の副学長として招かれた経緯には原発推進政策を維持したい勢力の政治的意図が働いていたのだろうと推測している。
しかし、上記のような早とちりが次々に現れるようになったら、山下氏がアメリカの思惑で温存された旧731部隊の系譜に連なる学閥のなかで出世した人物であるという指摘も、彼の非難されるべき言動にはその影響もあるのではないかという検討に値する仮説も、ひとくくりに勘違いとして一笑に付されかねない。
先日、『韓非子』から市中の虎の故事を引いたが、杞憂ではなかったようだ。