河童と幽霊

公開中の映画『妖怪大戦争』で、川姫という娘カッパの美少女ぶりが評判なのを聞いて、利根川のネネコを思い出した。
茨城は水郷と呼ばれるほど水の豊かな土地だから、水にまつわる伝説・昔話が各地に残されている。とくに利根川流域にはユーモラスな河童の悪戯の話が伝えられている。なかでも女河童ネネコは有名で、河童界のスターであったらしい。

刀祢川に子ヽコといへる河伯あり。年々にその居る所変る。所の者どもその変りて居る所を知る。その居る所にては人々も禍ありといへり。げにカッパの害ある談多し。(『利根川図志 (岩波文庫 黄 203-1)』より、漢字は新字体にした。)

ところで、河童といえば、未確認水棲生物の一つだとする説も根強く唱えられているが、河童を捕まえたという話も各地にあり、関東の河童の総元締、ネネコ姐御ですら生け捕りにされているのに、水棲生物だとする有力な手がかりはない。やはり河童はUMAというより、ある種の神霊だと考えた方がよさそうである。
江戸時代、現在の水海道市羽生町で起きた累憑霊事件の記録『死霊解脱物語聞書』でも鬼怒川で水死した子どもの霊が六一年間も川の中に居たことを聞いた村人が「さては霊山寺淵の河童とはこの子のことだったか」と理解する場面がある。この一事だけから河童とは水死者の霊だと即断するつもりはないが、古来、変わった生き物としてのみ考えられていたわけではないことだけは確かだ。
最近、霞ヶ浦周辺で幽霊との遭遇談があいついでいるが、これも幽霊と決めつけるのではなく、神霊としての河童かも知れないという可能性を捨ててしまうのは惜しいことである。未確認生物説の論者は無視するようだが、河童は人に取り憑いたり、人に化けたりすることもできるとされる。水辺で怪しい人影と出会ったら、一応、キュウリを差し出してみたらどうだろう。
こう言ったからとて、私が河童の実在を疑っていると思われては困る。鹿児島の一地方では河童によく似た妖怪をガラッパと呼ぶ。私は、鹿児島で少女時代を過ごしたご婦人から、山道を歩いていたところガラッパが川に飛び込むのを見たという話を聞いたことがある。もちろん江戸時代の話ではない。戦時中のことである。「ガラッパとは何を指していう言葉ですか」とお尋ねしたが、質問の趣意が上手く伝わらずに「ガラッパはガラッパよ。東京の河童とは違う」とだけお答えいただいた。