昨日付け「河童と幽霊」を読んでくださった方へ

森さんという方から考えさせられるコメントをいただきました。
どういう方なのか存じ上げませんし(僕が失礼にも忘れているだけかも知れません、その際はご連絡ください)、コメント欄での短い言葉をもって一人の人の意見が尽くされているとみなすことはできませんので、森さんに直接ご返事することはいたしません。
ただ、昨日8/16の日記については一言説明が必要でした。
昨日の日記に「最近、霞ヶ浦周辺で幽霊との遭遇談があいついでいる」と書きましたが、この「最近」というのは一昨年のことです。この記事は一昨年に書いた文章を手直ししたものなんです。
次に「霞ヶ浦周辺で幽霊との遭遇談があいついでいる」というのは、当時、同じ仕事に関わっていた仲間を介して得られた情報で、私自身が実地に調査したわけではありません。おそらくネット検索をしてデータを集めたのでしょう。その中には創作や思い違い、地名だけすり替わった都市伝説もかなり含まれていたと思われます。
そうして集められたデータについてコメントをつけたのが、昨日の記事のもとになった文章です。
ですから、昨日の記事は情報としては鮮度においても信頼度においても低いものです。
また、都市伝説・噂話は、杉沢村伝説の例を引くまでもなく、情報操作されやすいものであることは確かです。ただ、茨城県での幽霊遭遇談が増えた理由が、意図的な情報操作かどうかはわかりません。
あえて推測すれば、従来、マスコミなどで取り上げられる首都圏の都市伝説と言えば、主に東京都近郊が舞台でしたが、最近は茨城県に限らず関東一円に広がっているようです。
実話系怪談ものを紹介した出版物が増えて、従来の調査範囲ではネタ切れになるのが目に見えているため、範囲を広げざるを得なくなったのでしょう。
もちろん、インターネットの普及により、これまでマスコミが集中する東京圏にまで聞こえてこなかった話が容易に拾えるようになったということもあるでしょう。
つまり「最近、霞ヶ浦周辺で幽霊との遭遇談があいついでいる」のは、霞ヶ浦周辺の幽霊人口が増えたからではなく、関心の範囲が広がった、比喩的に言えば関東一円にそうした情報についてのアンテナが張られた、という側面と、これまで都心に集中していた情報の発信者の分布が拡散した、という側面が相まって成立した現象であると言えると思います。
社会学の専門家ならもっと上手に説明されると思いますが、素人の私に言えるのはこの程度です。
なお、大塚英志<伝統>とは何か (ちくま新書)』における「幽霊の国家管理」とは、ずばり靖国問題のことですので、このケースがたとえ意図的な情報誘導だったとしても、直接あてはまることではないと思います。
以上、あまりパッとしない話で恐縮ですが、どうぞご容赦ください。