民主党案はまだマシか1宗教教育について

報道によると「民主党は20日、教育基本問題調査会を開き、政府・与党が今国会への提出を目指す教育基本法改正案に対する党の見解について、来週から取りまとめ作業に入ることを確認した」のだそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060420-00000131-mai-pol
与党・文科省に対して、官主導の保護主義・画一主義の打破をスローガンに掲げる民主党には少しは期待できるのではないか、と思いたい。
民主党教育基本問題特別調査会は〇一年二月に発表した「21世紀の教育のあり方について(中間報告)」という文書で、教育基本法改正の是非について次のように表明している。

民主党は、一部の保守勢力が志向する「国家至上主義的」「全体主義的」改悪に反対です。民主党はあくまでも、時代の変化に逆行するのではなく、明日の日本の教育理念を作り上げたいと考えます。社会の荒廃の一部である教育の荒廃は、教育基本法の改正で解決するものではありません。/この視点に立ち、ここに、民主党の21世紀の教育のあり方について提案します。

ここで言われている「国家至上主義的」「全体主義的」改悪に反対、ということはもとより、教育の荒廃は教育基本法の改正で解決するものではない、という指摘にもまったく共感する。そしてこの文書の最後は次のように終わっている。

教育基本法は、日本国憲法の理念の下に長く戦後日本の根本法規として、教育における尊重すべき普遍的な理念が規定され、これまで大きな役割を果たしてきました。民主党は、現代においてもこの教育基本法の理念を評価し、さらなる具現化、発展を目指します。/また、教育基本法の理念が現実に生かされず、教育の荒廃を招いた原因について精査していきます。

これもまたたいへん結構なことで、ぜひそうしてもらいたいものだが、この文書がまとめられてから四年経った〇五年四月一三日、民主党の「中間報告」には呆れるようなことが書かれていた。
http://www.dpj.or.jp/seisaku/kan0312/monka/BOX_MKA00051.html
一読すればすぐにおわかりのように、愚民化促進委員会案と立派に張り合えるトンデモ文書である。

民主党報告書のトンデモぶり

例えば、「新教育基本法制定の目的」、つまり教育基本法改正の理由として、以下の5つが挙げられている。

1.現場において発生している重要な課題を解決・改善するため。
2.現場からの国民的な改革運動をより強力に推進していくため。
3.長年懸案となっている課題を政治主導により決着させるため。
4.憲法教育基本法の趣旨実現のため教育関連法制の改正・追加を行うため。
(解釈等に瑕疵がある法令、判例、政府見解のひつような変更・修正も含む)
5.国際条約・国際宣言等で、その実現のために必要な国内法の整備を行うため。

これだけ見ると、ああそうという感じだが、その具体的な論点となると、もうのけぞるような話ばかり。
「1.現場において発生している重要な課題を解決・改善するため。」として次のようなものが挙げられている。

・子どもの生命・身体・健康の内外からの危険の増大
・子ども社会における人間の尊厳・生命の軽視
児童虐待の深刻化
・保護者の育児放棄・遺棄・無関心
・学校の指導力低下(教員の質と量、学校経営力などが不十分)
・家庭の教育力低下(核家族化、片親、要保護家庭の増大)
・減らない不登校・中途退学、いじめ
・子どもの対人コミュニケーション力と判断力の衰え
・健全な自己アイデンティティ醸成のための教育機会・環境の不備
・情報文化社会を生きる力養成のための教育機会・環境の不備
・社会的経済的要因(職業・学歴・地域・所得等)による実質的教育機会の格差の拡大
・学力・体力・コミュニケーション力をはじめとする子どもたちの生きる力の低下
ニート・フリーターの増大
・あいまいな責任所在により現場の課題が放置される公教育のガバナンスの欠如
文部科学省中央集権体制により対応や硬直的になっている学校現場
・理念なき文部科学省の改革プログラムによる現場の混乱
・価値観の多様化に伴い、目指すべき人間像の多様化をめぐる教育現場の困惑
・障害児、LD、ADHD児童・生徒などへの特別支援教育対応の遅れ
・学校施設の老朽化・耐震性
情報科対応など新たな教育環境整備の遅れ
・先進国中最低水準にある公教育財政支出

この中でいちばん笑えたのは「学校施設の老朽化・耐震性」なのだが、他の項目だってかなりヘン。問題をなんでもかんでも教育基本法に押しつける八つ当たり論法がまかり通っているようだ。
「2.現場からの国民的な改革運動をより強力に推進していくため。」として挙げられているものもすごい。

・地域・保護者参画型の自主・自立的学校づくり(地域立学校化)の推進
・コミュニティ・スクール運動の普及・促進
・市民による学校設立・運営の弾力化
学校評価の充実・普及
生命倫理教育の充実・普及
・環境教育の充実・普及
・青少年向け有害コンテンツの抑制

全部現行教基法で出来ることばかりなのだが、民主党議員はそれを知らないのだろうか。問題があるとすれば、学校教育法と学習指導要領だろう。
それにしても「青少年向け有害コンテンツの抑制」って、ポルノとホラーの規制のことなんだろうが、それを教育基本法で、というのがいかにバカバカしいことか。
「3.長年懸案となっている課題を政治主導により決着させるため。」

・就学前児童をめぐる文部科学省厚生労働省による縦割り行政の排除
・初等中等教育段階も高等教育段階も、先進国中、最低水準にある公教育財政支
出の対GDP比率の大幅向上
・先進諸国に比して大幅に遅れている教員配置数の早急な改善
政教分離を理由に極端に制限されてきた宗教に関する学習機会

これらもオチのつもりか最後に挙げられた「政教分離を理由に極端に制限されてきた宗教に関する学習機会」以外は、教育基本法を改正するかしないかということとは関係ない話だろう。
で、その民主党的宗教教育なのだが、泣きたくなるようなお粗末さなのだ。

宗教教育と国民的価値観

民主党案では宗教教育は「文化教育」というものを伴って次のようになっている。

第九条(宗教教育)
(宗教教育)
宗教教育について、極端に慎重になりすぎてきた傾向を改めるべきとの意見が有力であった。
具体的には、宗教的伝統や文化に関する知識・意義は教育上尊重し、宗教的感性の涵養および宗教に関する寛容の態度の育成は尊重され、国公立学校においては、特定の宗教教義に基づく宗教教育その他の宗教的活動は引き続き禁止すべきであるとの意見が有力であった。

(文化教育)
文化教育についても、子どもの権利条約に基き、文化的アイデンティティ、言語および価値観、日本の国民的価値観を尊重する教育が受けられる旨規定することと、同時に、自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成する教育が受けられる旨を、子どもの権利条約なども参照して、規定すべきとの意見があった。

これでは「一部の保守勢力が志向する「国家至上主義的」「全体主義的」改悪」とたいして違わない。それどころか、宗教教育に関しては、一部の保守勢力以上に「時代の変化に逆行する」ものだ。
ちなみに与党案要綱ですら次のように「宗教に関する一般的な教養」が加わった程度で、

(宗教教育)第十五条
(1)宗教に関する寛容の態度および宗教に関する一般的な教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育において尊重されなければならないこと。
(2)国および地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならないこと。

と、現行法を踏襲するにとどまっている。
つまり、民主党案は宗教教育については与党案要綱ですら踏み込まなかった「感性」の領域に口を出そうというのだ。これは憲法政教分離の原則に抵触するばかりか、内心の自由への侵犯を招くことになる(この点に関しては高橋哲哉教育と国家 (講談社現代新書)』に明晰な分析がある)。
もちろん、筆者とて、宗教についての教養が教育上の効果をあげる可能性があることを否定しはしない。ある特定の宗教の信者、あるいは無神論者が、他の宗教や複数の宗教の教義や歴史についての深い理解や広い知識を持つことはできるだろうし、それは文化を理解するうえで有益なことだろう。しかし「感性」となると話は大違いだ。
しかも、民主党報告書には、宗教教育に関連して「文化教育」として、日本の国民的価値観を尊重する教育ができるよう規定せよ、との主張も記されている。いったい「日本の国民的価値観」とは何だ?どうやって定義するんだ?それとも全員に聞いて回ったのか?たとえ全員からアンケートを採ることができたところで、その結果から国民的価値観など引き出せないだろうに、そんな簡単な見通しすらもてないのだろうか。
おそらくこういうことを言い出す人物たちの頭の中には、自分たちだけに通用する「国民的価値観」なるものがすでに出来上がっているのだろう。それは妄想だ、と指摘してあげる親切な同僚議員が党内にいないらしい。これではとても教育の多様性を確保し、一人一人の自由な創造性が発揮される社会は実現できないと思うのだが、民主党はこの疑問にどう応えるのだろう。