佐藤弘夫『神国日本 (ちくま新書)』ちくま新書

宗教史の視点から、主に中世の神国思想の成立と変遷を叙述した好著。随所に創見が散りばめられており、読んでいてあきない。
鎌倉仏教といえば私には高校日本史で教わったイメージが強いが、著者によれば、それもかなり修正が必要なようだ。面白かったところを抜き書きし、興味深く思ったことをメモしておく。
例えば、日蓮は蒙古襲来を機にナショナリズムを鼓舞した人というような印象を私はもっていたが、そうとも言えないらしい。

鎌倉時代の思想家として著名な日蓮は、繰り返し日本の国土のすぐれた特性を論じている。(中略)日本が天照大神以下の神々が守護する聖なる国土であることを明言する。その一方で、日本の神は、仏はもとより仏教の守護神である梵天・帝釈と比較しても「小神」にすぎす、その国土も「辺土粟三」の「悪国」であると主張するのである。
もちろん、神国思想に日本の優越を語ろうとする傾向が皆無だったなどと述べようとしているわけではない。私が強調したいのは、神国思想にはそれ以上に、インターナショナルな世界・普遍的世界への指向性があったことを見落としてはならないということである。(p199)

つまり、中世の神国思想はその前提に仏教優位の本地垂迹思想があったため、内向きの自己讃美にとどまらなかった(「中世的神国思想は、激しい自民族中心主義の高揚に対応するような論理構造を最初からもっていなかったのである」p121)。
しかし、蒙古襲来時に喧伝されたナショナリズムは、「普遍的世界への指向性」をもっていた日蓮の発想とは性格を異にするもので、「庶子への分割相続に起因する所領の解体」によって迎えていた「荘園体制」の危機が背景にあったという。

追い込まれた者たちの間では、限られたパイの取り分をめぐって、激しい利益の奪い合いが生じた。権門勢家の内部や権門同士で相続をめぐる争いが頻発する一方、武士による荘園侵略も相次いだ。武士や寺社にとっては蒙古の襲来も国難というよりは、手柄を立てて恩賞をえることによって直面する問題を一挙に解決できる、自身にとっての千載一遇の好機と見えたのである。
近現代の国家でも内部の矛盾や対立を隠蔽するためによく使われる手段は、愛国心の強要と外部に敵を想定することである。前述の状況下で説かれた神国の論理は、内部にさまざまな問題と矛盾を抱えていた日本の現実を「神国」と規定して蒙古に対峙させることによって、そのきしみと裂け目を覆い隠そうとするものだった。他方、あらゆる階層の人々に迫り来る国家的危機に対する自覚を促し、個人的な利害を超えた「神国」の構成員として、その克服へと動員しようとするものだったのである。(p151-152)

昔も今も、という感じがするが、とりあえず確認したのは次の二点。

  • 思想というものは社会状況が変われば当初の発想とは違う方向に動員される(イデオロギー化する)こと。
  • イデオロギー化の見極めのポイントは「普遍的世界への指向性」が遮断されているかどうかであること。