- 作者: 半藤一利
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2011/06/15
- メディア: 新書
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著者の半藤一利氏は、今こそ『墨子』が読まれるべきときだという。なぜ墨子なのかは本書を最後まで読めばはっきりとわかるのでここではあえて述べない。むしろ、本書の魅力はその語り口にある。老歴史作家が孫世代にあたる女性編集者を相手に墨子の魅力を語るという設定なのだが、語り始めるやたちまち脱線して、松尾芭蕉の俳句、オバマ大統領の演説、坂本龍馬と勝海舟、喜劇王チャップリンと黒沢明監督など話題は古今東西を駆けめぐり、墨子の話はどうなるのかと心配になるほど。だが、そこはさすがに練達の書き手だけあって、無駄話のように見えたエピソードがすべて墨子を理解するために活かされている。そんなわけで、とにかく読んでいて面白かった。
一つだけ苦情を述べておくなら、最近の若い世代は墨子なんか知らないだろうという決めつけがあって、ちょっとムッとする(半藤氏に比べれば私も十分に若い世代だろう)。酒見賢一の小説『墨攻 (新潮文庫)』、それを原案にした同タイトルの長編漫画(森秀樹作画)『墨攻 (1) (小学館文庫)』、さらには漫画『墨攻』をもとにした映画(監督ジェイコブ・チャン、主演アンディ・ラウ)まであるのだから、墨子その人のことではないにしても、墨家という実践的平和主義者の一団が春秋戦国の頃の中国で活躍したことを知っている人も多いのではないか。もちろん、そうはいっても墨子の言行録である『墨子』という書物を精読した人は少ないだろう。だから、歴史文学の第一人者が、漢籍になじみの薄い世代に向けてうんちくを傾けて語ってくれるのはありがたいことだと思う。