三鷹と吉祥寺

十数年前のことだけれども、かつて勤めていた会社の元同僚の紹介で、ライターさんの取材を受けたことがある。
様々な夫婦の形を取材して本にまとめたいとのことだった。別姓・事実婚で、夫が晩ご飯担当で妻には絶対服従というのが面白がられたらしい。
彼女は、私たちの暮らしぶりなどを一時間あまりインタビューして帰って行った。
その後、出来上がった本を見ると、こちらの希望通り名前は仮名になっていたし、記事もほぼ私たちの発言の趣旨に沿って文章化されており、取材したライターさんの好意的に過ぎる印象が混じっているのをのぞけば、およそありのままに近い内容だった。
ただし、一つだけ仕掛けがほどこしてあった。
その頃、私たちは三鷹のアパート住まいだったのだが、記事には「吉祥寺のマンション」と書かれていた。
アパートもマンションも集合住宅という意味では同じだし、三鷹と吉祥寺は隣町で、地域の境界もはっきりしない。
ちなみにここで言う三鷹、吉祥寺とは、最寄駅を基準にした言い方で、三鷹駅が最寄の町、吉祥寺駅が最寄の町、という意味であって行政区分ではない。
三鷹駅界隈も吉祥寺駅界隈も、三鷹市武蔵野市に挟まれていて、街並みだけからは境界がはっきりわからない。
たとえば、二つの市の境界線が三鷹駅を斜めに横切っており、三鷹北口商店街は武蔵野市にある。吉祥寺駅南口からすぐの井之頭公園やジブリ美術館の住所は三鷹市だが公園に隣接する動物園は武蔵野市になる。
だから、どちらでもいいといえばいえるのだが、「三鷹のアパート」と「吉祥寺のマンション」とでは、印象が大きく違う 。
三鷹のアパート暮らしの貧乏編集者夫婦が、「吉祥寺のマンション」にお住いの「エディターのカップル」とやらに変身してしまったのである。
小さな仕掛けだが、結果としては全く異なる印象を読者に与えている。
「ねえ、私たちなんだかオシャレなことになってない?」、「まるで都会人みたいだねえ」とひとしきり笑ったものだ。
こうしてみると、ウォーターフロントにアトリエのあるアーティストとかも、はたして実態はどうなのだろうか、あ、いや他人様のことは別にどうでもいいけれども。