先祖の話

老親にふりまわされて、てんやわんやの毎日である。
母方の叔父が亡くなったので、急きょ、老母につきそって秋田に行くことになった。飛行機で行くのか新幹線で行くのか、一泊するのか二泊になるのかなど、ふつうならあっさり決まるようなことでも、老父も足が悪いうえに、二人ともなにぶん高齢で多少耄碌しているものだから、話は脱線を繰り返してなかなか決まらない。
そんななかひょんなことから先祖の話になった。
父方の家系には、先祖は明智光秀という伝承がある。
父の実家は北関東の農村なので、近畿圏で活躍した武将とどういう縁があったのか、いささか疑わしい。おそらく江戸時代に誰かが思いついたこじつけで、DNA鑑定をすれば赤の他人ということになるだろうと思う。
ところが、今回、老親の話を聞いて、私はこのこじつけを尊重する気になった。
理由は、伝承の経路である。
これまで、この伝承を親族のうち誰が言い出したのだかよくわからなかった。私自身、祖父母や叔母たちと同居していた幼いころになんとなく聞き覚えていただけで、誰から聞いたのかはっきりした記憶がない。
ところが今回、はじめて伝承経路が明らかになった。母が父方の祖母、つまり母にとっては姑から聞いたというのだ。
「お義母さんが言っていたよ。私がお嫁に来た時に聞いた」
ええっ?と仰天した。祖母は房総の網元の娘で、祖父とはキリスト教会が縁で結ばれたので、北関東の父方の家系とは血縁は全くない。それでは、祖母は明智家の縁者云々を誰から聞いたのか。
父は、ばあさんの思い付きだろうとにべもなく否定したが、母はさらなる爆弾発言をした。
「お義母さんは、お玉おばあさんから聞いたと。やっぱりお嫁に来た時に聞かされたので、あんたにも教えておくと言ってた」
お玉おばあさんというのは、私から見て父方の曾祖母で、曾祖父の妻である。
母が語ったのはこれだけだが、それだけ聞けば想像はつく。お玉おばあさんもやはり嫁入りした時に姑から聞かされたのに違いない。そして、お玉おばあさんに語り伝えた人も嫁入りした時に…と数えると、もう江戸時代である。
おそらくこの家系伝承は、当主の妻から次代の当主の妻へと語り継がれたのだろう。そうだとすれば、江戸時代に逆臣の子孫というのは世間的に名誉なことではないから、虚栄心から言い出すということは考えられないので、これを語り継いだ女たちはこの伝承を信じていたに違いない。
これが史実かどうかにはかかわりなく、代々、息子の嫁に語り継いできたおばあちゃんたちの気持ちを尊重したいというのが私の気持である。もっとも、私には子がいないので、この伝承も私の代で終わりなのだが。
ともあれ、こんなことを話しているものだから、明日、私がつきそって新幹線で秋田に行くということを決めるだけで一日かかってしまった。