沖縄怪談「耳切坊主」

崎原恒新『琉球の死後の世界―沖縄その不思議な世界』(むぎ社)によれば、「逆立ち幽霊」の他に「耳切坊主」というのが沖縄では有名な怪談であるらしい。
なぜ沖縄怪談を読んでいるかというと、先日、ご案内した読書会のテーマが沖縄だからである。
読書会のテキストは「琉球共和社会憲法C私(試)案」であって、怪談ではないのだが、私は沖縄の「お」も琉球の「り」も知らないので、自分に近づきやすい怪談から読んでいるのである。「琉球共和社会憲法C私(試)案」に幽霊がかかわるのかどうかも知らない。
それはともかく、「耳切坊主」は『全国妖怪事典 (小学館ライブラリー)』には「ミミチリボージ」という見出しで出ているので、そんなふうに発音するのだろう。「耳切坊主。大村御殿に誅された琉球伝説中の怪僧、黒金座主の化けたものと伝える」とあって、「黒金座主」には「くろかにざーし」とフリガナがふってある。
崎原恒新『琉球の死後の世界』によれば次のような話のようだ。

那覇若狭町に護道院という寺があり、そこの住職が黒金座主であったという。この僧は、説法を聞きに集う若い女性を惑わし、次々と犯したりするようになった。妖術も使うのでなかなか手強い。それで大村御殿の北谷王子が彼を斬り殺した。その際に耳を切り落とされたので黒金座主は耳切坊主とも呼ばれるようになったという。
黒金座主は殺されてから大村御殿に執拗に祟った。男の子が生まれると次々と呪い殺した。それで、男の子が産まれると、すぐに大女が産まれたといって黒金座主の亡霊を騙し難を逃れるようにしたという。後継ぎとはならない女の子には目もくれなかったのである。

これまたわからない話である。
生臭坊主を成敗したら逆恨み的に怨霊になった話だということはわかるが、悪僧を斬った大村御殿の北谷王子という人がわからない。琉球王朝の貴族のことらしいのだが、これまた実在の人物がモデルになっているので、歴史を知らないとこの話の設定がわからない。
また「座主」という語は日本では天台座主というときくらいしかお目にかからない。うろ覚えだが、沖縄では仏教はあまりメジャーではないということを聞いた。その沖縄仏教界で「座主」という役職名がどの程度の地位のことを指すのか、私は知らない。
男の子を魔物から護るために幼いころは女の子として育てるという風習は、沖縄だけでなく日本にもあった。あるいはこの物語もそうした風習の起源説話の一つかもしれないとも思うが、『琉球の死後の世界』にはとんでもない後日談が載っている。1925年頃まで、大村御殿の子孫は黒金座主の祟りに悩まされていたというのである。そうだとすれば、説話の次元で解釈すればそれですむという話ではなさそうだ。結局、これも歴史的背景を知らないとわからないのである。