沖縄怪談「逆立ち幽霊」

沖縄の怪談は難しい。
先日、ご案内した読書会のテーマは沖縄である。
ところが、私は沖縄には縁がない。行ったこともなければ知り合いもいない(あっ、一人だけいた。が、めったに会わない)。
読書会のテーマは「琉球共和社会憲法C私(試)案」ということだが、沖縄の歴史や社会についてまったく知らないので、当日は息をひそめて隠れていようと思う。
せめて、少しは腕に覚えのある怪談ネタだけでも仕込んでおこうかと、崎原恒新『琉球の死後の世界』という本を読んでみた。

琉球の死後の世界―沖縄その不思議な世界

琉球の死後の世界―沖縄その不思議な世界

幽霊を中心とした沖縄怪談集である。これならなんとか喰いつけるのではないかと読んでみたのだが、まったく歯が立たない。
著者の怪異に対するスタンスには共感するところも多いのだが、挙げられている事例の背景、それを体験した人の生活感がわからない。もちろん、随所で説明はされているのだが、これがわからない。
例えば、沖縄の怪談としては、「逆立ち幽霊」と「耳切り坊主」というのが、ポピュラーな話題らしい。
逆立ち幽霊は日本にも(おそらく中国や韓国にも)類話があるので、さっそく服部幸雄さかさまの幽霊―“視”の江戸文化論 (ちくま学芸文庫)』なんかを持ちだして比較したい誘惑にも駆られるが、比較しようにも内容がわからなければどうしようもない。
こんな話である。

首里に大変美しい人を妻にした男がいた。男は病に罹った。自分がこの病で亡くなったらこんな美女は世間がほってはおかない、これが心配の種であった。夫の気持ちを察した妻は、再婚はありえないという気持ちも込めて、刃物で鼻をそぎ落した。皮肉なことに重病の夫は次第に回復し、元の体に戻った。今度は美女から一転して醜女になった妻を厭い、別に女をつくってしまった。あげくの果に妻を殺害し、棺桶に釘まで打って葬った。それ以後、真嘉比道(那覇市真嘉比内を通る道)に逆立ちした女の幽霊が出没し人々に危害を加えるようになった。
ある日、そこを通った池城親方の前にも現れたので池城はいきさつを尋ねた。逆立ちした幽霊は今までのいきさつを話し、恨みを晴らそうにも男の家には護符が張られて入れないという。池城親方は、自分が護符を剥いであげるから、二度とここで立つようなことはするなと申し渡した。
池城は早速その足で、この女の家にいって護符を剥ぎすてた。夫とその愛人はその夜の内に命を取られてしまったという。以後、逆立ち幽霊は再び現れることは無かった、というものである。

読んですぐに『片仮名本・因果物語』に類話があるのを思い出したが、安易な比較はできない。『片仮名本・因果物語』の類話は逆立ち幽霊が通りかかった武士に敵の家のお札をはがしてくれるように頼む話だが、嫉妬深い夫を安心させるために自らの鼻を削ぐという強烈な場面はないし、那覇市真嘉比内を通る道がどういう場所なのかも、唯一、個人名の出てくる池城親方という人の立場もわからない。そこで、手元にある『幽 2013年 02月号 [雑誌]』が「沖縄怪談大全」と銘打った特集を組んでいるので念のために開いて見たら、伊波南哲という人による、別バージョンの『逆立ち幽霊』が掲載されていた。
こちらは、琉球王朝時代の幽霊退治プラス人情話といった趣で、琉球国王から逆立ち幽霊退治を命じられた親方たちが現場に乗り込むが、武芸を誇る親方たちはいざとなると逃げ出してしまい、結局、臆病な文官の池城親方が逆立ち幽霊と対話して事件を解決するという物語である。
ここで出てくる「親方」という語は、琉球王朝時代の有力者を指す言葉だという程度のことは知っているが、もう一歩踏み込んで、地位や役職としては具体的にどういう立場の人だったのか、見当がつかない。
それに池城親方というのは実在の人物であるらしい。何代にもわたって琉球王朝重臣として仕えた一族の歴代の長が名乗ったようだが、それだけの重要人物だとすると、昔の沖縄の偉い人という程度の理解では危うい。この『逆立ち幽霊』が琉球王朝時代を舞台とするなら、多少なりともその時代背景を知らないと、日本の近世怪談との比較は難しい。何か似てるところがありますね、でもここは違いますね、という程度では比較した内に入らないのである。