夕凪の街 桜の国

かねてより評判を聞き知っていた、こうの史代夕凪の街 桜の国』を読む。
それも、うっかりして電車の中で読みふけってしまった。
涙が止まらない。
この猛暑の中、中年男の泣き顔はさぞ暑苦しいことだったろう。

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

こうして事務所のパソコンに向かってから、もう一つうっかりしていたことを思い出した。
今日は何の日だった?
読んだのではなく読まされたのだろう。
私の妻の父は、戦後は電力関係の会社でコツコツと勤め上げた人だが、戦時中、勤労動員先の長崎で被爆した。工場の中にいたので直撃を免れ、九死に一生を得たという。
義父は、ふだん被爆したときのことも話さないそうだが、私が結婚の挨拶に訪れた際には、話しておかねばいかんことがある、と言ってその時のことを話し始めた。
焼けただれた長崎市街を友人知人を捜して歩いたときのこと、道行く人の皮膚が突然ズルッと剥がれ落ちたこと、どのように長崎の街が破壊されたかを、ぽつぽつと話してくれた。
義父の話は、技術者らしく建物の強度についての解説もまじえながらの客観的な表現でなされ、それだけにいっそう聞く者に被爆直後の街の状況をリアルにイメージさせた。
妻も義母も、お父さんが原爆のことを話すのは珍しい、と驚いていた。義父はもともと無口な人だが、あれだけの惨禍を語る言葉はなかなか見つからないのだろう。
義父の話は少ない言葉数の割には長くかかったが、その間、私は修学旅行で訪れた長崎の原爆資料館の展示を思い出し、あの地獄の中に、目の前にいる人物、私の妻となる人の父もいたのかと思って言葉を失った。
話が終わっても舅と婿はしばらく黙っていた。
今日、『夕凪の街 桜の国』を読んで図らずもその時のことを思い出した。
やっぱり、なんだか言葉が出ない。