明治は遠くなっていなかった

子安宣邦福沢諭吉『文明論之概略』精読 (岩波現代文庫―学術)
福沢諭吉といえば、慶應義塾を創設し、文明開化を先導した傑出した知識人であることには違いないが、なにぶん百年以上前の人である、今さら読み返しても古臭いだけではないかと疑念を持たないではなかった。だが、書物は読みようによっては違う姿を示してくれるものだ。そのことをまざまざと教えてくれるのがこの著者の凄みである。
著者は福沢の文明論を近代日本の設計図として粘り強く読み解いていく。福沢の言葉に、近代国家とは何か、文明とは何か、と繰り返し問い詰め続け、返答を迫るその内容は、決して難解ではないが要約するのは難しい。ただ、著者に手引きされながら読み進めていくうちに、百年以上前の日本と世界を前提に語っている福沢が、現代の日本社会の課題を指摘していることに気付く。無理に読み込んだのではなく、確かに福沢がそう言っている、と納得させられる。そして日本がいまだに近代化の道半ばで迷っていることを悟って戦慄を覚えた。
本書にはもう一つのモチーフがある。それは戦後民主主義の擁護者として、今なおカリスマ的人気を誇る政治学者、丸山真男による『「文明論之概略」を読む』との対決である。どこがどう違うのか、いつか読み比べてみたい。