今年の10冊

哲学を中心とした人文書の新刊を読み漁って同時代の思想動向を追いかけようという気持ちが自分のなかで薄れてしまった
http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20130401/1364799258
今年は古本ばかり読んでいて、あまり新刊書を読んでいない。量としては昨年までの半分程度である。その少ない中から選ぶのだから、誰の参考にもならないと思うが、とりあえず気のついたものを順不同で挙げておく。

1.経済ジェノサイド

ネオリベラリズムという言葉を耳にしてもう十何年か。何それ?という疑問をもってあれこれ読んでみたが、この一冊でようやく腑に落ちた。
http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20130207/1360219072

2.社会契約論

フーコー研究で知られる著者がホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズの社会契約説を軽快に読み解く。思わぬツボをついてくる内容もさることながら、時折飛び出す著者のお茶目な語り口が楽しい。巻末の読書案内を見ると、プラトンマキャベリ、ボダン、スピノザも扱うつもりだったのかもしれない。

3.ヘーゲルとその時代

ヘーゲルとその時代 (岩波新書)

ヘーゲルとその時代 (岩波新書)

とてもよくできたヘーゲル入門風の一冊。あまり評判を聞かないのはなぜだろうと考えてみた。我が身を振り返って思い当たることがあった。つまり、ヘーゲルの片言隻句を抜き出し文脈を無視した拡大解釈をして勝手なことを言いたい私のような半可通には向かない本である。ヘーゲルは面白いとか、ヘーゲルは刺激的というような受けをねらったことは書かれていないが、「ヘーゲルとその時代」という紋切り型のタイトルから連想されるような入門書、伝記に社会史から拾った話題をまぶして一丁あがり的なお手軽な本ではない。「自分が時代に制約されていることを自覚し、現在をより良く知るためにこそ、過去の時代を知り、歴史から学ぶ必要がある」という著者の歴史的視点にはまったく賛成で、この視点から描かれた本書は従来の、いささか散漫になる場合もあった精神史的著作を越えて、それ自体が一つの歴史哲学にもなっている。こういう本を読むと、ついうっかり哲学史の勉強を再開したくなってしまうので困る。

4.ドゥルーズの哲学原理

ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

今年は本書の他にも、千葉雅也『動きすぎてはいけない』や山森裕毅『ジル・ドゥルーズの哲学』のように野心的なドゥルーズ論が出た。学生時代以来、すごいすごいという話ばかり聞かされながら、難しくて何がすごいのかもよくわからなかったドゥルーズも主著があらかた文庫化された上に、本書のようなすぐれた解説書も出た。「解説書」というのはけなしているのではない。本書はドゥルーズもまたヒュームやカントやニーチェベルクソンや…ガタリフーコーの優れた解説者であったことを明らかにしている。凡百のオリジナリティーなんてクソ喰らえ、というのはドゥルーズでも国分でもなく、私の意見である。
ちなみに国分のドゥルーズ論にオリジナリティがないと言っているのではない。ガタリとの共同作業までを一区切りとしてドゥルーズの思考を追う国分の議論は、例えば、スピノザニーチェベルクソンからドゥルーズを再構成してみせるハート『ドゥルーズの哲学』の図式的把握よりもはるかに説得力がある。

5.哲学の起源

哲学の起源

哲学の起源

6.古代ギリシア哲学の精神
古代ギリシアの精神 (講談社選書メチエ)

古代ギリシアの精神 (講談社選書メチエ)

柄谷の『起原』は前ソクラテス期に、田島の『精神』はアリストテレスに重点を置いているが、この時期に野心的なギリシア哲学論が出たのは興味深いことである。二冊とも著者はギリシア哲学の専門家ではない。だから専門研究者から見れば異論もあるかもしれないが、他に面白い本が出ないのだから仕方がない。私の学生時代には、東西に井上忠、藤澤令夫という個性的な大御所がいて、専門外のぼんくら学生から見てもたいそう面白い議論をしておられたものだが。これ以上は悪口になるので慎む。

7.散種

散種 (叢書・ウニベルシタス)

散種 (叢書・ウニベルシタス)

『散種』の刊行でデリダの主著の訳本もあらかたそろった。訳文が読みにくいと言われた『エクリチュールと差異』の新訳も出た。デリダ晩年の講義録がまだ大量にあるらしいが、それが出る頃には私の読書力も衰えて何が書いてあるのだか見当もつかないことだろうからもういい。

8.荻生徂徠「政談」

荻生徂徠「政談」 (講談社学術文庫)

荻生徂徠「政談」 (講談社学術文庫)

というわけで、学生時代以来引きずっていた哲学のトラウマも癒えはじめて、私の関心は江戸に向かっているのだが、今年はあまりよい本に巡り会えなかった。江戸学華やかなりしころが懐かしい。というか、江戸時代に書かれたものの方が、現代の江戸文学・近世思想史研究よりも面白いのである。この番付では今年出た本から挙げるため講談社学術文庫版になったが、これは抄訳で、実際に読んだのは全文のっている岩波文庫版。かつて市民講座で教わった某大先生から徂徠の重要さは聞いていたが、読んでみるとなるほど面白い。その先生からは、君は篤胤をちゃんと勉強しなさいと諭されてご著書もいただいていたのだが、そちらはまだ取りかかっていない。

9.大奥第十巻

大奥 10 (ジェッツコミックス)

大奥 10 (ジェッツコミックス)

田沼さまっ!

10.ベンヤミン/アドルノ往復書簡

ブロッホ『希望の原理』もあったが読み切れていないのでこちら。新装版であって必ずしも新刊ではないのだが、それを言ったら徂徠はどうする?ということで、数合わせのためにピックアップ。とはいえ、読んで損なことなんて何一つない。少なくとも私の趣味にびったりはまる。この二人の他にハイデガーの学生だったアーレントレーヴィット、ヨーナス、マルクーゼらがいて、ナチス直前のドイツ哲学は人材豊富でうらやましい。

番外 読みたい哲学書(これから出ぬ本)

もう哲学書は食傷気味なのだが、もし読めれば読みたい本は三冊ある。
一、メルロ−ポンティ『超越論的人間』
二、広松渉『存在と意味』第三巻
三、ドゥルーズマルクスの偉大』
もし刊行されればきっと読むと思う。
というわけで、現代思想中心の今年の10冊は今年限りとさせていただきます。