八王子スーパー強盗殺人事件

この事件の被害者の一人は私の出身高校の生徒で、つまり後輩に当たるわけだが、一回り以上歳が離れているからもちろん会ったことはない。
しかし、事件当時、深夜まで営業している新古書店チェーンの某店舗に勤務していた私にとって、被害者たちの顔は、自分の店で働いてくれているパート・アルバイトの皆さんの顔とタブって見えた。
私の勤務地は町田市のはずれだったが、国道で事件現場の八王子とはつながっている。この近辺を拳銃で人間を正面から撃ち殺せる人物が徘徊しているかと思うと、背筋が凍った(実際は背後から後頭部を撃たれたらしいが、当時は額を撃ち抜かれた、という情報が流れていた)。
実はそれまで、私は自宅が遠かったこともあって、閉店作業は同僚やベテランのパートタイマーに押しつけてさっさと帰るようなグータラ社員だったが、この事件以後は、それはあまりにも無責任なような気がして、店に残るようになった。閉店後も若いアルバイター諸君は店の事務室に残っておしゃべりに興じていたりしていたが、「しばらくは仕事が終わったらまっすぐ帰れ。徒歩の人は同じ方向の自動車通勤者がいたら同乗しておくってもらうように。同方向の人がいなければ私が業務用の車でおくる」と通達した。
きっと、若い方々からは心配性と思われただろうが、そうせざるをえない不安を感じたし、現にその後、閉店後も店の駐車場から出ていかない不審な車があったので警察に通報したら、覚醒剤が出てきたという事件もあった。
あの夏から、もう14年も経ったわけだが、まだ犯人が捕まらないというニュースにふれるたびに、ゾッとした日のことを思い出す。
以下、新聞記事より。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090726ddm041040090000c.html

忘れない:「未解決」を歩く 時効まで1年 東京・八王子スーパー強殺
 ◇戦闘ゲーム場、認めない 教え子亡くした思い届く
 95年7月、東京・八王子のスーパーで3人の女性が射殺された凶悪な事件は、15年の時効成立まであと1年になった。パートの稲垣則子さん(当時47歳)、アルバイトの高校2年、矢吹恵さん(同17歳)と前田寛美さん(同16歳)。被害者3人の家族、教諭、同級生、同僚……。それぞれが、今年も暑い夏を迎えた。【山本浩資、青木純】

 「この八王子で14年前、何があったか知っていますか。私の生徒が拳銃で殺されました」。4月11日、八王子市の市立中山中学校。銃を模したエアガンで撃ち合う「サバイバルゲーム場」計画を進める運営会社が開いた説明会で、前田さんの担任だった渡辺拓美教諭(59)が立ち上がり反対を訴えた。

 「よりによって八王子に作る話は見過ごすことができない」「人殺しゲームが面白いと教えるのですか。私は認めない」−−。近隣住民約250人が聴き入る中、涙の訴えは10分間に及んだ。

 計画はその後、住民の猛反対で白紙になった。「『銃は怖いもの』と発信し続けることが、銃で理不尽に娘を殺された親、同級生を奪われた生徒を見てきた私の義務です」。渡辺教諭は言う。

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 矢吹さんが通っていた私立桜美林高校(東京都町田市)で25日、毎夏行われる「矢吹恵 召天記念礼拝」が営まれた。

 30歳を超えた同級生たちが見つめる先には、ショートカットの髪でほほ笑む高校生の矢吹さんの写真。その周りをヒマワリの花が彩る。「明るいメグには、ヒマワリが似合う」とみんなで決めた。

 事件3週間前に行った沖縄への修学旅行で、矢吹さんと同部屋だった後藤恵美さん(30)は、沖縄でも歌った賛美歌を口ずさむと、思い出が駆け巡る。一緒に泳いだ与論島の青い海、ベッドの上でしたおしゃべり……。後藤さんは「思い出すのはメグの笑顔ばかり」と泣いた。

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 真夏日となった15日夜、JR八王子駅近くの繁華街で、50年営業し続けた高級クラブ「琥珀(こはく)」が閉店した。稲垣さんはかつて、この店のナンバー1だった。「ずっと気がかりだったけど、事件解決より先にお店が閉じてしまった。ああいう残忍な事件は忘れちゃいけないね」。稲垣さんを知る店のホステス(38)は、静かに最後のグラスを置いた。

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 矢吹さんの両親は警視庁を通じ、手記を公表した(抜粋)。

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 時効まであと1年となってしまいました。「時効」という言葉を聞くたびに、心が締め付けられる思いになります。しかし、私たちは「まだ1年もある」と前向きな気持ちに切り替えています。必ず警察が、犯人を逮捕してくれるはずだからです。

 その半面、時効制度の撤廃を嘆願しています。いくら時間が経過しようとも、罪を犯した者は、法の裁きを受けるべきであり、逃げ得を許すわけには絶対にいかないのです。

 最近、ふと、「怖がり屋だった恵も、今年は31歳になって、夫や子供たちに囲まれ、幸せな日々を送っているのかな」と考えてしまうことがあります。

 私たち家族にとってみれば、たとえ何年経(た)とうとも、平成7年7月30日のあの日から、時間は止まったままになっているのです。

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 ◇情報をお寄せください
 〒100−8051(住所不要)毎日新聞社会部「忘れない」担当。ファクス(03・3212・0635)、Eメール(t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp)または八王子署捜査本部(042・646・4240)

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 ■ことば

 ◇八王子スーパー強盗殺人事件
 95年7月30日午後9時15分ごろ、東京都八王子市のスーパー「ナンペイ」大和田店で稲垣則子さん、前田寛美さん、矢吹恵さんの3人が射殺され、金庫に銃弾が撃ち込まれていた。八王子署捜査本部が関心を寄せているのは、覚せい剤を所持したとして中国で死刑判決(確定)を受け収監されている日本人の40代の男ら。捜査本部は、中国側に捜査員受け入れを要請しているが、まだ回答はない。

この記事にはいささか感傷的なところもあるが、情報を寄せる宛先が明記されているので引いておく。
なお、この記事ではふれられていないが、母校の後輩たちが「銃器根絶を考える会」をつくって地道な活動を継続しているのには頭が下がる思いがする。