祝融氏

岩波文庫版の古風な訳語につっかえながらドストエフスキー悪霊〈第3-4〉 (1959年) (岩波文庫)』を読み始めたのだが、ようやく半分まで読んで、第三分冊を開いた途端、「祝融氏」という単語が出てきたのには驚いた。

また夏の間じゅう、方々の町や村で祝融氏が猖獗をきわめた。しかも民間では、放火云々の愚かしい不満の声が、かたく根を張り出したのである。

これまでも、おそらく実証科学のことだろう「積極的な科学」とか、どうもこの訳は読みづらいなあと感じることが多かったのだが、「祝融氏」が登場するに及んで忍耐も限界となった。
祝融」と言えば古代中国の火の神様だから、続く文の「放火云々」と関係があるのだろうが、さてどんなものだったか。
山海経 (平凡社ライブラリー)』には「南方(神)は祝融、獣身人面、双龍に乗る」とある。
これだけではなんのことかわからないので、『中国の神話伝説〈上〉』も引っ張り出したけれども、なお要領を得ない。
ふと思いついてネットで検索してみたら、なんのことはない、よく調べている人がいるもので詳しく出ていた。
「幻想山狂仙洞」さんより
http://homepage3.nifty.com/kyousen/china/3k5t/connection/3k5t_syukuyu.html
「古代史の神話」さんより
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/sinwa/sinwa-2-6syukuyu.htm
皆さん、たいへん博識でいらっしゃる。
ちなみにkenix2005さんのブログには「祝融の災」というのが出ていた。
http://d.hatena.ne.jp/kenix2005/20061220/p1

> 火の神、夏の神、南方の神とされる。人類に火を教えた神ともされる。我が国でも、火災のことを「祝融の災」などという。

辞書を引くとなるほど載っている。
どうやら「祝融氏が猖獗をきわめた」というのは、火事が多かった、ということらしい。
ともかくこの調子ではとても読んでいられないと、ついに新潮文庫版『悪霊(下) (新潮文庫)』を買いに走った。
問題の箇所を当たってみると、江川卓訳ではこうなっていた。

夏の間じゅう、あちこちの町や村で火災が頻発し、民間では放火うんぬんのばかげたつぶやきがしだいに根強く広まっていた。

やはり火災だったようだ。
ともかく、『悪霊』後半は新潮文庫で読みすすめることにした。