酒井健『シュルレアリスム』

シュルレアリスム―終わりなき革命 (中公新書)

シュルレアリスム―終わりなき革命 (中公新書)

この頃、中公新書を読むことが増えている。バタイユ研究家によるシュルレアリスム論。
シュルレアリスムが歴史を動かしたのか、それとも歴史の流れを先取りしたのかはわからないが、その登場の以前と以後では表現の世界は大きく変わった。もしシュルレアリスムがなかったら、私たちが日ごろ目にしている現代の文化はずいぶん違ったものになっていただろう。
 私などはシュルレアリスムというとダリやマグリットの幻想的な絵画がまっ先に思い浮かぶが、本書を読んで、この芸術運動が過酷な現実との対決の経験から生みだされたことを知った。第一次世界大戦は人類史上初の近代戦だといわれ、戦車、戦闘機、毒ガスなど、テクノロジーを駆使した近代兵器が投入され、大量の殺戮が行われた。戦局を動かしているのは後方の参謀本部に陣どるテクノクラートたちであり、前線に送られた兵士たちは「一山いくら」の消耗品として扱われる。この戦争に動員され、辛くも生き残った青年たちこそが、シュルレアリスム運動に参加した詩人や画家たちであった。戦場での異常な体験と近代的な技術文明への嫌悪が彼らを新たな表現活動に駆り立てた。本書はそのなかの一人、『シュルレアリスム宣言』を著して自分たちの表現活動にその名を与えた詩人・アンドレ・ブルトンを縦糸に、同時代の思想家バタイユベンヤミンを横糸にして、この芸術運動の誕生と軌跡を描く。著者はバタイユの研究家だけあって、ことに思想史的側面の叙述が充実しているのが特徴。
個人的には、第一次大戦時のベルクソンの戦争関与についてもフロイトと対比される形でふれられているのが印象的だった。『道徳と宗教の二源泉』におけるベルクソンの、ナショナリズムについての相反する二様の評価や、サルトルら後続の世代に毛嫌いされたことなどが思い起こされた。私の学生時代にはベルクソンなんて過去の遺物扱いだったが、もっぱらドゥルーズが持ち上げてくれたおかげで近年は論じる人も増えた。だが、政治的な言動についてはあまり検証されていない。ハイデガーナチス関与の陰に隠れたかたちだが、愛国主義から戦争をあおったことには間違いがない。現在の邦訳全集では小論集におさめられている「アカデミー・フランセーズ会員就任講演」にその言動の一端がかいま見られる程度だが、全集に収録されていない発言も多々あっただろう。たしかフランスでは『ベルクソンと戦争』という本が出ていたはずだが、誰か訳してくれないだろうか。