吉原の怪談2 中万字屋の幽霊

明和5年〜文政5年ごろの話。太田南畝の見聞記録より。

出典

「半日閑話」『日本随筆大成〈第1期 第8巻〉』p263〜264。

「中万字屋の幽霊」全文

文化七年、中万字屋妓を葬る。十月末の事なり。この妓が病気にて引込居たりしを、遣り手仮初なりとて、折檻を加へしに、ある日小鍋に食を入て煮て喰んとせしを見咎め、其鍋を首にかけさせ、柱に縛り付て置しかば終に死しけり。其幽霊首に小鍋をかけて廊下に出るよし沙汰あり。

参考

中万字屋は実在した店、名妓玉菊で知られる。「角町中万字屋勘兵衛の所に見えたる玉菊は、新吉原の灯籠に名をかがやかしたる元祖玉菊なり」と加藤雀庵「新吉原細見記考」(三田村鳶魚編『鼠璞十種 上巻』中央公論社、昭和五十三年、p54)にある。
遣り手の折檻については武陽隠士『世事見聞録 (岩波文庫)』(岩波文庫)にある。関連があるかと思われるので抜き書きする。

さて一体売女を責め遣ふ事は、女ならでは行き届かずといふ。誠に老婆をよしといふ。それゆゑ妻妾または遣り手・回し女などいへる、年丈けて意地の悪き女を抱へ置きて、それらに取扱ひを任せ置くなり。(p319)
もしその機嫌を取り損じて客の盈れ出したる事あるか、また不快にて不奉公をいたすか、また客来たらで手明きなる時は、ことごとく打擲に逢ふ事なり。これみな老婆が目付役にて、妻妾娘分なるものの指揮する所にて、鬼の如き形勢にて打擲するなり。その上にも尋常に参らざる時は、その過怠としてあるいは数日食を断ち、雪隠そのほか不浄もの掃除を致させ、または丸裸になして縛り、水を浴びせるなり。水湿る時は苧縄縮みて苦しみ泣き叫ぶなり。折々責め殺す事あるなり。(p321)

いやはや、非道いことをするものだ。これでは恨んで出てくる。