広田照幸著『教育不信と教育依存の時代』

最近、新聞を開くと学校をめぐる事件のない日はほとんどないのではないか、と思えるほど頻繁に教育問題が報じられている。
マスコミが報道する現代の学校の印象をつなぎ合わせると、少子化と登校拒否で閑散とした教室で指導力不足のハレンチ教師が中身の薄い授業をし、生徒たちは犯罪に走り、ときどき暴漢が侵入して殺戮を繰り返している、という感じだ。だが、こうしたイメージははなはだ偏ったものである。
また、戦後教育が個人の自由を尊重しすぎたため利己主義が蔓延し少年犯罪を増加させている、というたぐいの言説が大手を振ってまかり通っているが、冗談ではない、80年代前半頃までは日本の学校教育の主流は集団主義の管理教育だった。現在のゆとり教育につながる流れが始まったのは80年代後半の臨教審以降のことである。しかも少年犯罪の発生率は戦後、一貫して低下しているのだ。
このように教育をめぐる言説は、実際とは食い違う「現状認識」に立ってなされていることが多い。

教育不信と教育依存の時代

教育不信と教育依存の時代

本書はこうした事実誤認が教育への過剰な期待とその反動としての幻滅によるものであることを明らかにしながら、「改革」先にありきの教育論議に、「教育万能主義」に立つ進歩派と保守派の意図せざる共犯関係を読みとっていく。講演記録をもとにして編んだものなので読みやすく、かつ、説得力がある。