『霊感少女論』の怪

何気なく『霊感少女論』という本を読み返していたが、奇妙な記述があるのに気づいた。
同書の「第六話−変貌する怪談」という章で、松山大学の学生に語り継がれているという学校怪談「松大七不思議」を取り上げている箇所である(単行本157頁、同好の士は確認していただきたい)。

二号館にまつわる怪談も多い。「掲示板のあるところに、日本兵の幽霊があらわれる」(赤城雅弘)など、戦争関連の話と「大教室で自殺した女性の幽霊が出る。ふられたからだとも、単位がもらえなくて卒業できなかったからだとも言う」(志垣和也)という話があった。女性の幽霊に関しては、学生たちから「ふられた」方のストーリー展開は聞けなかった。「卒業できなかった」方は、自殺した場所がいろいろと変化する。しかも、いつのまにかトイレの怪談にかわっていく。

著者はこう述べた後、すぐに続けて次の事例を挙げている。

先輩が、何年か前のこととして教えてくれた話。大手企業に就職が内定していた女性が、あと四単位とれば卒業できるのに、統計学の単位をとれなかった。先生に頼んでも聞いてもらえず、キャンパス中央にある噴水のところで自殺した。それ以来、その先生の統計学は、単位が取りやすくなったという。(宇部恒三)

数年前に、地下のトイレで起きた話。学生がふたり入った。ひとりは小、もうひとりは大だった。小は外で待っていたが、いつまでも大が出てこない。無理にのぞくと、なかにはだれもいなかった。その後、なぜか、このトイレの扉は閉まったままだ。それは、東から三番目の扉で、ほかは開いているのに、たしかに、この扉だけは閉まっているのをよく見かける。もっとも、押せば開く。学生が消えたのは「赤マントのしわざだ」「神かくしだ」などと言われている。しかし、本当に学生が消えたのかどうかは、だれも知らない。(梓 尚武)

この後に続いてさらに三例のトイレの怪談が挙げられているが、それは省略してもよいだろう。
さて、著者は志垣某の報告する「大教室で自殺した女性の幽霊」について、「女性の幽霊に関しては、学生たちから「ふられた」方のストーリー展開は聞けなかった。「卒業できなかった」方は、自殺した場所がいろいろと変化する。しかも、いつのまにかトイレの怪談にかわっていく」と言って、事例を挙げ始めたのだった。
怪談話が、登場人物や場所を置きかえて語りなおされることはよくあるし、噂が拡がる過程で伝言ゲームよろしく筋立ても大きく変わることもよく知られている。だから著者が「自殺した場所がいろいろと変化する。しかも、いつのまにかトイレの怪談にかわっていく」と言って事例を挙げる以上、「自殺した女性の幽霊」の話が、その次に挙げられたトイレの神隠しへと変わっていったということなのだろうが、その脈絡がまったく見えない。
しかも、トイレの怪談は「大」と「小」がある以上、男子トイレの話だろう。「自殺した女性の幽霊」が男子トイレで神隠しをするに至るまでには、さぞかし紆余曲折があったろうと想像するのだが、同書の記述からはなんとも手がかりが得られない。いったいいかなる事情があって、自殺した女子学生の幽霊がトイレの怪談に変貌していく過程が伏せられたのだろうか。
奇怪きわまりない話である。

霊感少女論

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