「四谷怪談」を読む(八)お岩様の祟り

四谷怪談をやると祟りがあるという言い伝えが生まれたのは、おそらく南北の芝居『東海道四谷怪談』が上演されてからのことだろうと思う。言い伝えの内容にはいくつかあるが、その主たるものの一つに「目にくる」というものがある。市川團十郎も柴田練三郎もそれに触れていた。
もちろん私もそれは承知していて、そして私に限ってそんな目にはあわないはずとうぬぼれていたのだが、そうでもなかった。
結論から言うと、今、私の右まぶたは腫れ上がり、まともに眼があかない状態にある。
一昨日のこと、この夏中『実録四谷怪談』にかかりきりだったため、ずいぶん不義理をしてしまった取引先に呼び出された。
とっくに終わっていなければならなかった仕事の納期をさらに延ばしてもらうため、平身低頭、詫び言と言い訳を並べたて、先方の担当者様になんとかご容赦をいただいて、ホッとした気持ちでその会社の豪華な玄関を出ようとしたとたん、ゴワーンと頭に重い衝撃を受けて私の足は止まった。
何がなんだかわからなかったのだが、とにかく前に進めない。遅い時間になったため正面玄関の自動ドアが止められていたのに気づかず、少し猫背気味の私は自分の頭を、自動ドアの分厚いガラス板に勢いよく打ち付けてしまったのだった。
さいわいガラス板は、板というよりは壁のような厚みのある丈夫なものだったのでヒビ一つ入らなかったが、私は右眉の上を打ち付けて軽い脳震とうのような状態になってしまった。

痛いなあと、ぶつけたところに当てた掌を見ると血がべったり付いている。傷口をティッシュで押さえてふらふらしながらもなんとか事務所に帰ったが、出血は止まったものの痛みがなかなかおさまらない。
妻の用意してくれた、タオルでくるんだ保冷剤を額に当ててじっとしていたが、その晩から右目の上が腫れはじめた。
昨日一日で額のこぶは小さくなったが、今もまぶたが腫れている。
それにしても、まさかこんな、言い伝え通りのことが起きるとは思ってもみなかった。
しかし、思いあたるフシがないでもない。
『実録四谷怪談』に恥ずかしい誤植があるのにそのままにしているのを見咎められたのかもしれない。

誤植のお詫びと訂正

芝居のお岩様のお顔は右目をつぶすのがお約束である。これは先日、横浜のそごう美術館で見物してきた吉川観方の「朝霧・夕霧」図にも引き継がれている。朝霧の方は累さんだとずっと思っていたのだが、お菊ちゃんだというので驚いた。でもお歯黒の跡があるから、描かれているのは既婚女性はずなのに。
それはともあれ、夕霧図の方がお岩様で、お歯黒をしているのは芝居の名場面・髪梳きの場からとったからだろう。右まぶたの腫れ具合がなんとなく今の自分に似ていて感激する。
それはともかく、お詫びをかねてお断りしておかなければならないことがある。
実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』p140、「伊右衛門、霊と問答する」の章につけたコラム「毒薬疑惑」で、鶴屋南北東海道四谷怪談』から髪梳きの場の「髪もおどろのこの姿、せめて女の身だしなみ、鉄漿なと付けて髪梳き上げ、喜兵衛親子に詞の礼を」という名セリフを引いたのだが、あろうことか「鉄漿」に「おはぐろ」とフリガナが振ってある。
これは間違いで、この「鉄漿」は「かね」と読むのが正しい。
もちろん「鉄漿」とはお歯黒のことだし、一般的には「鉄漿」と書いて「おはぐろ」と読ませる場合だってあろうが、引用した文は芝居のセリフであって、あくまで「かね」と読むのである。
私の元原稿にはフリガナはないし、そもそもこのセリフは暗記しているので間違えるはずがないのだが、校正で見落とした責任は私にある。この場を借りて、お岩様と読者に、鶴屋南北横山泰子先生に伏してお詫び申し上げる。