ブックオフの本当の怖さ

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060924/1159115873#c
上の記事に、古い学術書は貴重であっても「ブックオフではまず値段がつかない」とあり、コメント欄に「ブックオフは、買取人も値付人も、本自体の価値を知らないようです」という書き込みがあった。
この機会にid:terracaoさんにお約束した、ブックオフの本当の怖さについて書き留めておく。
ブックオフの実態はコンビニ風の大規模な古本チェーン店であって、それ以上のものではない。したがって、出版流通に革命を起こしたなどとかつて喧伝されたが、アレは誤報
かの企業の本当の怖さは、厳しい労働条件(今は緩和されたかも)でも、徹底した実績主義でも、積極的な店舗展開でもなく、古書買い入れの際の評価基準にある。
同社では、従来の古書店が買い入れのさいの目安としてきた、内容(ジャンルや文壇・学界での評価)、著者の知名度、元値、市場での希少さ、などを斟酌せず、もっぱら見た目が新しく見えるかどうかという基準で買い取り値段を決める。これによって、採用されたばかりのアルバイト店員にも、古本の買い取りが出来、効率もアップする。革命的といえばこの点こそが革命的であった。
以下はかつて同社の某店舗に勤務していた私の実体験である。
今から十年ほど前、日にちは忘れた。暑い夏の日だった。
大量に古本があるので引き取って欲しいという電話を受けて、東京郊外にある、取り壊しの決まった古い集合住宅に出かけていった。
呼び鈴を押すと老夫婦に出迎えられた。奥様が冷たい麦茶をすすめてくださったのを覚えている。
ご主人が「戦死した兄の遺品でしてね」と言いながら段ボール箱を持ってこられた。開けてみると、そこには茶色に日焼けした改造社文庫がずらり、そのほか社会科学関係の単行本も、あわせて四五十冊はあったろうか。すべて戦前の発行物である。
本来ならよだれの出そうな、宝の山を目の前にして、私は畳に手をついて詫びた。
「たいへん素晴らしい蔵書で拝見できるだけで眼福でございますが、残念ながら当社の基準ではすべて廃棄せざるをえません。お手数とは存じますが、神田神保町の専門店にでもお持ちください。」
年寄りなので神田まで荷物を持っていけない、あの世まで持っていけないからというご夫婦に、それならば電話帳を拝借、といって地元で唯一きちんとした古書を扱っている古書店の番号を探し出して、こちらならば引き取ってもらえると思います、と申し上げて退出した。
私が退社を決意した時の思い出話である。

追記・ブックオフと彗星の衝突には何も関係がない

あらら−、上の記事に思いもよらぬほどたくさんのブックマークやトラックバックをいただいて仰天しております。
ちょっと言い訳をしておきますと、これを「ブックオフの本当の怖さ」と題したのは、terracaoさんとの冗談まじりのやりとりを踏まえてのことであって、ブックオフコーポレーションの企業体質を批判するとか、そんな大それた意図があってのことではありません。そもそも私は今では近所に出来たブックオフのユーザーですし(売りには行きませんが)。客として行く分には、安いし、きれいだし、便利なものです。
上にも書きましたが、sumita-mさんのコメント欄で「ブックオフは、買取人も値付人も、本自体の価値を知らないようです」という書き込みがあったので、それは現場の店舗にいる人間の個々の資質によるものではなく、同社のシステムに由来するものであることを言いたかっただけです。
私はたまたま人文社会の本に愛着があったので、上のような行動を取りましたが、当時いっしょに働いてくれていたアルバイトさん方には、コミックに詳しい方、音楽CDに詳しい方、もと図書館員で膨大な本の知識を持っている方などがおられて本当に助かりましたが、買い取りや値付けの際には、やはりいろいろと悩んでいました。
もっともコミックやCDはいかに古いと言ってもさすがに戦前にさかのぼるものはありませんし、回転率のよいジャンルの商品の場合は多少古びていても最低価格で買い取って商品化する手もあります。
ただ、私が目にした単行本の場合は、それが出来なかった。職業人としてのプロ意識に欠けると言われればそれまでですが、若かった私は、ああもったいないという自分の感情を優先してしまった。
そういう中年の昔話を書いただけです。出版文化がどうのこうのとか、そんな難しい話をしたかったわけではありません。
だいいち、多くの方がご存じなように、ブックオフ型の新古書店と既存の古書店、新刊書店は実際に多くの地域で共存しており、私の住む近所にもブックオフの大型店舗と、中規模の古書店と、小さな町の新刊屋さんがそれぞれ歩いていける距離にありますが(公立図書館もあります)、どこもつぶれる気配はありません。上手く棲み分けしているようです。