伝説

「四谷怪談」を読む(十三)影の薄い伊右衛門

鶴屋南北の『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門は出世したいという彼個人の願望から妻お岩を裏切るが、『四ッ谷雑談集』(以下『雑談』と略)の伊右衛門はまったく受身で、御家人共同体の意志を代行する上司・伊東喜兵衛の言うなりに動く操り人形のようだ。

「四谷怪談」を読む(十二)喜兵衛の説得

『四ッ谷雑談集』の悪の主人公・伊東喜兵衛は「悪逆無道」と形容されながらも、お岩追放劇において演じた役割はといえば、お岩を外に出し養子に家を継がせるという、お岩の反対で頓挫した同僚たちの総意を、小細工を弄することで実現しただけである。その点…

「四谷怪談」を読む(十一)喜兵衛の役割

喜兵衛妾お花が妊娠した。前回、お花は架空の人物で、お梅の分身かもしれないと推測したが、便宜上、『四ッ谷雑談集』の筋立てに沿っていく。 やがてお花が産む子は、お染と名づけられ、田宮家の長女として育つ。ちなみに、鶴屋南北『東海道四谷怪談』のもう…

「四谷怪談」を読む(十)お花とは誰なのか

伊右衛門の後妻の名は、『四ッ谷雑談集』、鶴屋南北『東海道四谷怪談』、「文政町方書上」でそれぞれ異なっている。『雑談』ではお花、南北の芝居では喜兵衛の孫娘お梅、「書上」では「喜兵衛妾こと」となっている。 『雑談』を読んでいた南北が、お花の名を…

「四谷怪談」を読む(九)伊東家の屋敷

伊東喜兵衛の話の続き。 伊東家の屋敷 『四ッ谷雑談集』の伊東喜兵衛はその性格こそ「悪逆無道」と貶されているが、素直に読んでいるとどことなく華やかイメージが付きまとう。なにしろ喜兵衛が最初に読者の前に姿を現すのは花見の席であり、物語が進んでか…

「四谷怪談」を読む(八)お岩様の祟り

四谷怪談をやると祟りがあるという言い伝えが生まれたのは、おそらく南北の芝居『東海道四谷怪談』が上演されてからのことだろうと思う。言い伝えの内容にはいくつかあるが、その主たるものの一つに「目にくる」というものがある。市川團十郎も柴田練三郎も…

「四谷怪談」を読む(七)伊東喜兵衛

前回、「共同体の総意」という言葉を使ったが、総意といっても、亡き又左衛門の遺志も当事者たるお岩の遺志も確認しない、いわば隣近所の善意の押しつけである。お岩はこれを断固としてはねつけた。その結果、小股くぐりの又市という斡旋仲介のプロの手を借…

「四谷怪談」を読む(六)「此娘勝れて生れ付宜しからねば」

『実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』の注や解説で不十分だったところを補うつもりでだらだら書いてきて、またまだ書くことがあるに気づく。長年調べてきたことだから材料はたくさんあったのだが、時間と紙幅の制約から満足のいくもの…

「四谷怪談」を読む(五)「お岩」という名前

背景説明のつもりで脱線ばかりしてきたが、いよいよ『四ツ谷雑談集』の内容に入りたい。 背景のまとめ 舞台となる四谷左門町は江戸の周縁部を開拓した新興住宅地である。今の新宿区四谷の市街とは景観が違う。少し歩けば田畑や雑木林のある町はずれに、広い…

「四谷怪談」を読む(四)太平記!

時代設定のことはまた折りを見て蒸し返すとして、『実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』の底本とした『四ッ谷雑談集』写本のもう一つの特徴を挙げておくと、すべての章ではないのだけれども、いくつかの章の冒頭に故事やことわざを引い…

「四谷怪談」を読む(三)時代はいつなのか

お恥ずかしいことに『実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』に誤植があった。 同書24頁の注欄の注5に「田宮又左右衛門」とあるのは誤りで、本文にある通り「田宮又左衛門」が正しい。ワープロの誤変換を見逃してしまった。お詫びして訂正…

「四谷怪談」を読む(二)伝説の舞台

前回は結局まえおきばかりになってしまったので、大急ぎで本論に入る。 なお、『四ッ谷雑談集』の内容については重複を避けるため説明を省くので、それについては『実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』をご覧いただきたい。 「江戸繁栄…

「四谷怪談」を読む(はじめに)

「「四谷怪談」を読む(一)」をこのブログに掲載したら、さっそくコメントを寄せてくださった方が「四谷怪談というと、すぐ歌舞伎や映画を思い出します」と書かれているのを読んで、アッしまった!と気づいた。つまり私は、四谷怪談といえばすぐ歌舞伎や映…

「四谷怪談」を読む(一)

これから数回に分けて、「四谷怪談」の源流『四ッ谷雑談集』について覚書を記していくことにする。 七月に刊行された『実録四谷怪談―現代語訳『四ッ谷雑談集』 江戸怪談を読む』で、私は「四谷怪談」の源流『四ッ谷雑談集』の現代語訳と注を担当させていただ…

累の怨霊は怖かったか(三)−妄想「累ヶ淵」

前回(http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20120718/1342622190)からの続き。 あまり詳しく書くとネタバレになりはしないかと心配される方もいるかもしれないが、『死霊解脱物語聞書』の原本は上下二巻全12章で構成されており、前々回と前回で私が取り上げた…

累の怨霊は怖かったか(続)−妄想「累ヶ淵」

先日、今週のお題「夏に聞きたい、怖い話」にひっかけて「累の怨霊は怖かったか」と題して『死霊解脱物語聞書―江戸怪談を読む』の初めの部分から妄想したことを書き連ねた。 http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20120716/1342434805 さらなる妄想を書いておこ…

累の怨霊は怖かったか

今週のお題「夏に聞きたい、怖い話」に応えようと思う。 この手の話は大好物だ。 実は最近、怪談がらみの仕事をしたばかりである。死霊解脱物語聞書―江戸怪談を読む作者: 小二田誠二出版社/メーカー: 白澤社発売日: 2012/06/01メディア: 単行本 クリック: 33…

口裂け女発祥の地

sumita-mさんが「「口裂け女」って岐阜市が「発祥の地」だったのか」と書いておられる。 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120708/1341762741 sumita-mさんはこの方面にお詳しい方なので、釈迦に説法、余計なお世話と思いながらも、あいにく「故宮田登先生…

テレビドラマ「都市伝説の女」

テレビドラマ「都市伝説の女」を楽しみに見ているが、主演の長澤まさみの美脚はともかく、都市伝説マニアぶりついてはいらいらしているひともいるかもしれない。最近の噂、古くからの伝説、怪談、昔話、民間信仰などが「都市伝説」の一言でくくられているか…

一つ目小僧

しばらく前の東京新聞に高橋哲哉氏のインタビューが載っており、その記事に面白い追記があった。高橋氏の「犠牲のシステム」という議論について、諸星大二郎のマンガを連想したというのであった。 どなたかがブログに掲載しておられたのをブックマークしてお…

今日の中央線の呪い

都市伝説(現代伝説)に、「中央線の呪い」とか「呪われた中央線」という話題がある。JR東日本の中央・総武線には鉄道自殺が多い、という内容で、そのこと自体はたぶん事実だろうからこれを都市伝説と呼ぶのが妥当なのかどうか疑問に感じていたが、今日は別…

「葛の葉」伝説について

先日、プラトン『パイドロス』を題材に神話や伝説についての考えを書きとめた。 http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20120125 そうしたところ、id:dokaishaさんからトラックバックをいただいた。 (前近代の)日本人は怪異を信じたか? http://d.hatena.ne.jp…

古代人は神話を信じたか

この記事は昨夜、寝ぼけて書きなぐったので不備がありました。 コメントやブックマークもいただいたので、以下のように補いました。 先日、『史記〈8〉―列伝〈4〉 (ちくま学芸文庫)』滑稽列伝にある西門豹の逸話を取り上げたところ、コメント欄で、古代の人…

馬場あき子『鬼の研究』

今週のお題「おすすめの本」 たまには、はてなの会社につきあおうと思って、何か気の利いた本はないかと考えてみた。しかし、「今まで読んだ中で面白かった本や、他の人にも読んでほしい本とその理由をブログに書いて教えてください」ということだが、他の人…

フランシーヌ人形

デカルトが五歳で亡くした愛娘フランシーヌの生前の姿をそっくり写しとった人形を所持していたという伝説は有名である。方法序説・情念論 (中公文庫)作者: デカルト,野田又夫出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 1974/02/10メディア: 文庫 クリック: 9回こ…

『奥の細道』のかさね・続

先だって、「『奥の細道』のかさね」と題して松尾芭蕉『奥の細道』から、かさねという名前が登場する場面を引き、次のようにメモしました。 http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20110506/1304690617 寛文十二年に起こった累ヶ淵伝説の元となった騒動はかなり…

累ヶ淵伝説の舞台

昨日は妻と二人で、累ヶ淵伝説の舞台となった、茨城県常総市の、旧羽生村付近に出かけてきた。 北水海道駅からタクシーを使うのが最も便利だと聞いていたが、あえて一つ手前の水海道駅で自転車を借り、少し遠まわりをして飯沼弘経寺と法蔵寺を回った。

縊鬼

あいかわらず旧友の死を嘆き続けている。いまだに一人になると涙が止まらない。洗面所で鏡を見たら、泣き疲れた表情が顔に張り付いていた。 このあいだ、不用意に「縊鬼」という言葉を使った。私も短期間とはいえこのジャンルで生計を立てていたこともあるの…

怪談・亡霊武者

寝苦しい夜が続くので、趣味で続けているメモから一つ。 福井県福井市には、福井県庁のある旧福井城址の他に、もう一つの城跡、北の庄城址がある。北の庄城とは、織田信長から越前四九万石をまかされた柴田勝家の居城である。勝家はこの地に安土城とならぶ豪…

余分な説明

「週刊ヤングジャンプ」誌で連載の始まった妖怪漫画では、妖怪の正体を亡霊としている。これがどうも引っかかる。もちろん「うぶめ」のように、産褥で死んだ女の亡霊が化してなるとも言い伝えられている妖怪もある。河童を水死者の霊が変化したものとみなす…